小説

「落ち着いて聞いてください。今、ミョウジさんの頬におかしな「まさか、次のミッション!?なに!なんて書いてある!?」
「まずは落ち着いてくださいッ!とにかく、俺から目を逸らすな!」
「ひゃい」
俺の胸ぐらを掴むや否や、すごい勢いで迫られた。これでは話を聞くどころではない。左頬では十五からカウントを減らす黒い数字、さっきよりも増えているのは、やはり一度視線を逸らしたからなのか?
「ねぇ、ひょっと。ひからよはめてくりぇない?」
さっきみたいに恥ずかしがってカウントがリセットされても面倒なのと、なによりもパニックになりかけていたミョウジさんを落ち着けようと、両頬を強く挟んでしまった。タコのように尖った唇、パチパチと何度か繰り返される瞬き。長いまつ毛はカールを描き、くりくりとした大きな瞳はしっかりと俺を捕らえて離さない。
「・・・ひこえてる?」
ムスッと寄った眉間のシワ、同時に細まる目。手を離してやるべきだと分かっているのに、崩れていく表情がおもしろ可愛くて、目が離せない。
「あと少しでカウントが終わります」
三、二、一・・・。無事カウントを終えた左頬は、何事もなかったかのように薄紅色を取り戻した。特に身体に異変はないのだろう、「まひゃおわりゃない?」と俺を信用し切っている彼女から、手を離すのが惜しい。俺はなにを考えているんだ、こんな得体の知れない空間で、ほとんど接点のなかったこの人にこんな感情を抱くなんて。
「終わりました」
「ふはっ!長かったー!」
ようやく解放された頬を自分の手で包みつつ、大きく肩で息をするミョウジさん。途中、苦しそうにしていたのは呼吸がしにくかったからか。悪いことをした申し訳なさはあるが、俺だってわけも分からず走らされたのだ。これでおあいこということにしておこう。

「わっ、なんで!?」
「どうしたんですか」
「これ、さっきまで四だったのに、五になってる!」
ここを見ろと差し出された左手の甲には、血文字のような漢数字。白い肌にはっきりと浮き出たそれはあまりにも不気味で、一瞬言葉を失ってしまった。
「まさか、失敗した?私の顔に出てた指示、『見つめ合え』とかじゃない?」
察しの良さに返す言葉を見失っていると、俺の反応を肯定と受け取ったのか、みるみる不機嫌に歪む顔。
「なんで人の顔ジロジロ見てくるのかと思ったら、そういうことか。ということは、先に逸らしたのは私・・・、私のせいでペナルティ増えたってことじゃん!もぉっ、なにやってんのよ・・・」
俺に対して怒っていたかと思えば、顔を両手で覆ってしゃがみ込んでしまった。ついさっきまで心に渦巻いていた、可愛らしいとか、もっと触れていたいなんて感情は消え失せ、急に冷静さが戻ってきた。そうだ、まずはこの人に事情を聞くのが先決だろ。
その場にしゃがみ込み、顔を伏せてしまったミョウジさんと視界の高さを合わせる。余計な刺激をしないよう、言葉も慎重に選ぶことも忘れずに。
「俺と合流する前に、なにかあったんですか」
「べっ、別に。大したことなかったよ。さっきの時間制限には苦労したけど、それ以外はちゃんと一人でクリアしてきたし・・・」
ダラダラと額に汗をかきながら不自然に視線を逸らす、彼女は嘘が下手だ。まずはゆっくり話を聞いて状況を整理したいのに、キィッと音を立てて開いた白い扉がそれを許さない。
「・・・あんなとこに出口ありました?」
「いまさらなに言ってるのよ。あと、絶対に出口じゃない」
ここ出れたら五条くんのことボコボコにしてやるんだから。伏黒くんは拘束担当ね、そう言って立ち上がった彼女は、完全にスイッチが切り替わっていて。俺たちを誘うように勝手に開いた扉へと向かう小さな背中を、慌てて立ち上がって追いかける。
「ここからは俺もいるので」
「・・・!」
俺の言葉に振り返った、大きく見開かれた瞳と薄く開いた唇。みるみる赤く染まっていくミョウジさんの顔に、すごく恥ずかしいことを言ってしまったような空気が流れる。
そこまでおかしいことは言ってないだろ、と心の中でツッコミを入れつつも、マジマジと俺を見つめて照れているミョウジさんに、こっちが恥ずかしくなる。
「ありがとう、行こう」
差し出された小さな手は、さっき繋いだばかりのもので。若干ためらいつつも、俺の手を重ねると小さく握り返された。その仕草に胸がグッときたが、この閉鎖的で訳の分からない場所がそうさせているんだと、自分に言い聞かせた。

少しずつ、縮まる距離に

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