小説

何日も悩みに悩んだ末、登録だけして一度もかけたことがなかった番号へ触れた。頭の中を占領し続けているアイツの声どころか、コール音さえも聞けぬまま、無機質な機会音が耳を通り抜ける。
『おかけになった番号は、現在使われておりません』
真っ暗になったスマホをベッドへ放り投げ、行き場のない感情をため息として吐き出す。番号を変えた、もしくは解約したのか。どちらにせよ、俺とナマエを唯一繋いでいた糸は途切れ、道は閉ざされた。

「またケンカしたの?いい加減、悪目立ちするのやめてよ」
「お前には関係ないだろ」
「勘違いしないで。恵のせいで、私まで担任に目付けられてるの」
「クラス違うんだから関係ないだろ」
「保護者が問題児と一緒だからって同一視されてるの」


物静かで大人しくて、数学の成績が壊滅的なことを除いては、これといった欠点のない優等生。教室にいるときも、移動教室も基本一人。どこか他人を寄せ付けない大人びた雰囲気は、一部の男子から密かに人気を集めていた。

「ケンカでこんな大怪我するなんて、バカじゃないの!?」
「集団で襲いかかってきたんだから仕方ないだろ。術式使うわけにもいかねぇし」
「・・・自分が傷つくことに鈍感にならないで」


学校では近づかないで、話しかけてこないで、私に関わらないで。急用で致し方なく教室へ行けば睨まれ、その後の任務で口うるさく釘を刺された。そのくせ、俺が怪我をする度に泣きそうな顔を隠そうともせず、心配する。津美紀とは少し違ったうっとおしさがあって、あの頃はナマエの気持ちを想像する余地なんてなかった。
「このままなにもできない、のか」
閉ざされた暗がりの中、唯一頭に浮かぶのは一人の男。俺に残された道はこれしかない。なけなしのプライドが悲鳴を上げるが、背に腹はかえられない。
布団の上で静かになったスマホを拾い上げ、再び通話画面に切り替える。なにを言われるか容易に想像がついて、電話をかける前からうんざりするが、他に手立てがないのだ。
長い長い、コール音。このまま電話に出なければ、なにもなかったことにしてしまおうか。そもそもナマエが選んだ人生に、俺が出張る必要はない。アイツの選んだ道の先に、俺はいない。それが現実なのだから。

『珍しいね、恵が電話してくるなんて』
もう切ってしまおう、全てなかったことにしてしまおう、そう思った矢先に聞こえてきた呑気な声。思わず後ろを振り返って、どこかで見られていたんじゃないかと勘繰ってしまう。
「お疲れ様です、五条先生。忙しい時にすみません。お願いがあって電話しました」
『なになにー?悩めるうら若き生徒の頼みだ、なんでも聞いちゃうよ』
「ナマエと連絡が取りたいんです」
余計な詮索をされぬよう、要件は端的に。明らかに空気が変わり、互いに物音一つ立てない沈黙が続く。五条先生はナマエのなにかを隠している。それはここ数年のことじゃない、ナマエ自身に関わるなにかを。
『電話してみたら?番号知ってるだろ』
「繋がりませんでした。他に連絡先があるなら教えてください」
『随分と必死だねぇ。お前らそんなに仲良くなかっただろ』
「本人に直接確認したいことがあるんです」
『入学のこと?』
「答えたくありません」
呆れたような、短いため息。正直、ここまで返事を渋るとは思っていなかった。そもそも、虎杖や釘崎には話すくせに俺の問いには一切答えてくれなかった。俺がナマエに関わらないようにしているのか?
『正直に言うと、ナマエのこと怒らせちゃってね。僕も困ってるんだよね、あのお姫様の扱いに。これ以上刺激したくないんだけど、なんでそこまでアイツに関わろうとする?』
「俺は・・・・・・自分の良心に従ってアイツを助けたいだけです」
『それをナマエが望むとでも?』
「アイツが望むかどうかは俺には関係ありません。せめて話をしないと俺の気が済まないんです」
『気が済まないって言われてもねぇ』
「お願いします」
例え実家が抵抗したとしても、特級呪術師であり御三家一角の当主でもある五条先生に、通せないわがままなどないはずなのに。ここまで返事を渋るのは、やはりナマエが望んでいないのだろうか。
『恵の気持ちは分かった。ただ、ナマエの都合もあるからね。近いうちに会えるように手配してみるよ』
「・・・!」
『その代わり、多少の無茶はしてもらうから覚悟しろよ。それと、いくつか条件がある。詳しくは改めて話すから、楽しみに待っててよ』
例え押しつけられる任務が増えようとも、かまわない。"最悪の未来"を回避できるのなら、俺にできることはなんでもやってやる。
「分かりました。ありがとうございます」

例えそれが俺のエゴであっても

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