京都校との交流会に向け、各々が鍛錬に励む日々。寮生活では自ら食事を準備する必要もあり、最近は特に複数人で食事を摂る機会も多い。今日は虎杖の提案により、作るのが楽で美味いからと一年三人で鍋を囲んでいる。
「そういえば、最後の一年っていつ入学すんの?」
「学長に入学断られて、京都にいるんでしょ?そのまま京都校に入学するんじゃないの」
グツグツと煮立った鍋は、白い煙を上げ続けている。虎杖と釘崎から視線を感じるが、俺だってアイツがなにを考え、どうしたいのか知らない。俺の心を見透かしたような態度を取ることはあったが、肝心のアイツの心の中は読めないまま。最後に交わしたまともな会話は、中学のときにノートを貸した時。卒業を待たずに実家へ帰ったアイツから、直接理由を聞くことさえ叶わなかった。
「伏黒の幼馴染なんだろ?連絡取ってねぇの?」
「とってない」
「なんで?仲悪かった?」
ズケズケと土足で踏み込んでくる虎杖を、鶏団子に舌鼓を打つ釘崎が止める気配はない。諦めてどう返すか思考を巡らせるが、これといった言葉が浮かんでこない。
そもそも俺たちの関係性を、幼馴染と呼ぶのか。恐らく五条先生がそう言ったのだろうが、ただの同じ中学に通っていた同級生と表現した方がしっくりくる。
「俺も入学試験、不合格だっていきなり襲われたもんなー。その子、不合格でそのまま実家に帰ったんだろ?」
「・・・・・・俺は直接理由を聞いたわけじゃない」
あの日、入学前の顔合わせだと五条さんに連れられ、夜蛾学長の元へやってきた俺たち。すんなり解放された俺には当然のように任務が準備されていて、片付けて戻った頃にはアイツの姿はなかった。
まるで、こうなることが最初から決まっていたかのように、淡々と日々は過ぎていった。受験モードでピリつく学校には、変わり映えしない毎日を繰り返し、やがて卒業の日を迎えた。まるでミョウジナマエなど始めから存在しなかったかのように、中学生活は終わりを告げた。
何度か連絡を取ろうと考えたこともあった。五条先生から少しだけ教えてもらった、実家のこと。祖父である当主が絶対的な権限を持ち、五条先生が出会った頃は軟禁状態だったこと。
小学校にも通っていなかったナマエを五条先生が引き取り、同じく面倒をみていた俺と同じ中学へ入学させたこと。そのことに当主は納得しておらず、隙あらば連れ戻そうとしていたこと。孫を学校にも通わせず、軟禁するような家なのだ。成績不振を理由に連れ戻されないよう、アイツが努力したのも納得がいく。そして既に約半年、その実家へいるのだ。気にならないわけがない。
「伏黒ッ!」
一際大きな虎杖の声掛けに、ハッと意識が覚醒する。いつの間にかカセットコンロの火も消え、釘崎は箸を置いて腹をさすっている。
「その、わりぃ。いろいろ聞き過ぎた」
「いや、いい」
「ほんとは心配なんでしょ?幼馴染のこと」
我関せずの態度を貫いていた釘崎が、頬杖をつきながら右手をこちらへ伸ばしてくる。俺が、アイツを心配している?どうしているか気にはなるが、心配しているかと聞かれるとすぐに頷く気にはなれない。育ってきた環境からか、他人の、特に大人の顔色を伺うのが得意で、相手に合わせた立ち回りも上手い。黙って大人の言いなりになるタイプでもないし、実家で大人しくしているとも思えない。
「早く貸しなさいよ、スマホ。私が連絡してあげる」
「しなくていい」
「いいから貸しなさいよ、顔に心配だって書いてあんのよ!」
「ちょっ、釘崎!落ち着けって」
「五条先生が言ってたこと、もう忘れたの?」
「・・・でも、どう生きるかはその子が決めることだろ」
胸の奥が騒つき、イヤな予感がする。
あの日もそうだった、俺の部屋で声を上げて泣きじゃくったナマエを、ただ抱きしめることしかできなかった。あの時、もっと話を聞いていれば未来が変わっていたかもしれない。なにもかも一人で抱え込む彼女の痛みや苦しみから、少しでも救ってやれたかもしれない。
「お前ら、五条先生からなにを聞いた?」
虎杖と釘崎が顔を見合わせ、再び俺を見つめる。俺が知らないアイツのことを、会ったこともない二人が知っている。例え五条先生の策略の内であろうとも、向き合う以外に選択肢はなかった。
後悔をしないために今できること