小説

通話終了の画面をしばらく眺め、待ち受けに戻ったことを確認して画面をロックする。これ以上心を乱したくない、余計な声を聞きたくない。噛み締めた唇がヒリヒリと痛むが、身体に刻みつける為に必要な痛みだ。忘れるな、自分の生きる道は自分で決める。その為には抗う力が必要なの。まずは目の前の事から一つずつ片づける、今は任務を終わらせることが最先決だ。再テストのことは一旦置いておこう、悩んでいる時間がもったいない。
「ワンッ!」
改めて強く決意した私の背後には、いつの間にか玉犬が座っていた。口の端から垂れている金色のチェーンは、ネックレスだろうか。
「いい子ね、ちょうだい」
ふかふかの毛をなでつつ、口の下へ手を差し出せば素直に開けられた口。手のひらに落ちた拍子にロケットが開き、仲睦まじい家族の写真が私を見つめる。これが、大金を叩いてまで探したかった物。私が必死に捨てようともがいているモノを、必死に探す人がいるんだ。
「誰と電話してたんだよ」
「!」
突然掛けられた声に驚き、思わず右手をギュッと握ってしまった。壊れていないか確認する為に慌てて開くが、蓋が閉じただけのようだ。
「いつから居たのよ、盗み聞きするなんて最低」
「気づかないお前が悪い」
「んなっ!なんで私が・・・」
『なにを一人で悩んでるんだよ』
マズイ、心が乱れ過ぎたせいだ。制御が効かない。
『いつもより呪力が乱れてる、なにかあったのか?』
やめて、これ以上踏み込んでこないで、聞きたくないの。
『・・・16点はさすがに堪えたのか?』
「なによ!みんなして口を揃えてテスト、テストって!勉強すればいいんでしょ!?」
「は?」
しまった、やってしまった。思わぬ失言に手で口を覆いたくなるが、ここで動揺したら勘がいい恵は気づいてしまう。眉間に寄ったシワがより深くなり、私を見透かすようにジッと見つめられ生きた心地がしない。疑念が確信に変わってしまう前に、なんとか誤魔化さないと。なにか自然な言い訳を・・・
「俺が50点以上取らせるって言ったの、気にしてんのか?」
今度はこっちがポカンとする番だった。頭を掻きながら気まずそうに逸らされた視線、右手でチャリッと音を立てるロケットペンダント。

『お勉強、教えて?って可愛く頼めば、お前でも理解できるように丁寧に教えてくれるだろ』

「そうよ、いきなり割り込んできて勝手にあんなこと言うから・・・。ちゃんと責任とってよ」
「分かった。とりあえず伊地知さんとこ戻るぞ」
「えっ、・・・うん」
意外とすんなり事が運んだ。バレてしまうかもと内心ヒヤヒヤしたが、うまく誤魔化せた、のだと思う。パシャッと音を立てて消えた玉犬に心の中で再度お礼を伝え、目の前の背中に向けて意識を集中する。
聞きたいときには聞こえないくせに、聞きたくないときにはよく聞こえる。なんて使えない術式なんだろう。再び苛立ちが込み上げるが、本当は分かってる。

私が未熟だから、力を使いこなせないだけ

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