小説

手首を掴まれたまま、連行されたのは裏門。エンジンをかけたまま停まっている黒塗りの高級車に、軽く周囲を見渡して誰にも見られていないことを確認してから乗り込む。
「お疲れ様です、ミョウジさん」
「遅くなってすみません。野暮用で先生に呼ばれちゃって」
五条さんに近い伊地知さんに余計な詮索をされないよう、愛想を振り撒く。ただでさえ問題児のせいで学校からいい顔をされていないのだ、私まで不穏な空気を匂わせるわけにはいかない。
「いえ、学生なんですからお気になさらず。伏黒くんには任務の内容を軽くお話してありますので、走りながら詳しい説明をしますね」
「はい、よろしくお願いします」
ゆっくりと動き出した車内で軽く揺られながら、伊地知さんの話に耳を傾ける。隣に腰掛ける不機嫌な男から無言で渡されたタブレットに指を滑らせ、流し読みしながら頭に叩き込む。任務の内容は大したことなさそうだが、果たして今日一日で済む案件だろうか。鼻から大きく吐き出した空気はため息のように、窓の外を流れる景色を曇らせた。





* * *





とある廃病院。分かりやすく呪いの吹き溜まったこの場所で、肝試しをした大学生が怪我を負った。窓の報告では低級の集まりで、危険性は低いと判断されたから私たちにまわってきたのだろう。だが、問題は呪霊じゃない。
「では、ご武運を」
「行ってきます」
襲われた大学生の一人が、中で落とし物をしたというのだ。これがまた金持ちのボンボンのようで、金を積んででも回収して欲しいと頼み込んできて、任務としてしっかり組み込まれていた。そこまでしてみつけてほしいものって、なんなんだろう。執着心の薄い私には理解できない。
目の前に迫った施錠されていない正面玄関から中へ入り、濃い呪いの気配がする右側へ足を向ける。
「私はこっちから探すから」
「おい、待て」
「なに、さっさと終わらせて帰りたいの」
「お前一人じゃ危ないだろ」
より深く刻まれた眉間のシワに、こっちだって眉をひそめる。私だって、数学の補講と再テストの話で気が立っているんだ。担任に勝手にメンチ切られたおかげで、本気で勉強しないといけないハメになった。だいたい、なににイラついてるのか知らないし、興味もないけど、さっさと終わらせて帰りたいのだ。
「どうせ低級の群れでしょ。それより玉犬に落とし物、探させてよ」
納得がいかない顔をしつつも、両手で犬の形を作ったのを見届けて背を向ける。耳を掠める声に聞こえないフリを通し、やけに大きく響く靴音で昂った感情を誤魔化す。

聴きたい言葉は自分で選べないのだから

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