最後にまともな会話をしたのは、いつだろう。京都での出来事を相当怒っているのか、はたまた硝子さんに会いたいと言ったことが引っかかているのか。海外出張でしばらく家を空けることは聞いていたが、詳しい行き先どころか帰国日さえ知らない。もう日本へ帰ってきたのだろうか。
「悟様に会いたい・・・。せめて声が聞きたい」
何度か、花火大会へ誘うことも考えた。机の上に鎮座した冊子とスマホと睨めっこする日々に終止符を打ったのは、悟様からの短い電話だった。用件だけを淡々と告げる彼に、ただ事務的な返事をすることしかできず、自分への腹立たしさも込めて冊子はゴミ箱へ投げ入れた。
今頃、どこでなにをしているんだろう。
再会してからは悟様と一緒に過ごす時間が長くて、一人でいることが苦手になってしまった。一人で生きていける、そう思っていたのに、一人で過ごす部屋は冷たくて、余計なことを永遠と考えてしまう。
軽く触れるだけでパッと明るくなった画面から、履歴を探る。通話履歴、ショートメッセージの履歴、通信アプリの履歴。彼との時間で溢れていた時は気づけなかった優しさも、今こうして眺めると身に沁みて涙腺を緩ませる。無意識に、震える人差し指が三文字に触れようとするのを、危うく理性が引き止める。このタイミングで連絡してなにを話すの?主がどこで何をしているのか、詮索する権利はないのだ。
本音をさらけ出してみる?
その結果、この関係性さえも失ってしまったら?
もう寝てしまおうか、夜は余計な事を考えすぎてしまう。暗闇で煌々と光っていた液晶を消せば、再び暗闇を取り戻した部屋。一人で暮らすには余りにも広すぎる寝室へ足を向け、冷たいベッドに横になる。目を閉じて、静かに朝を待とう。大丈夫、こうして眠れぬ夜を何日も、何週間も乗り越えてきたのだから。
* * *
「ただ、気になって眠れないだけよ。少し掃除をしたら、きっと眠れるから」
走り去るタクシーへ無言で別れを告げ、そびえ立つタワーマンションを下から眺める。結局、寝付けずにここまで来てしまった。私のマンションからそう離れていない場所にある、悟様のマンション。普段、高専の寮に寝泊まりすることも多い彼が、私との逢瀬の為だけに所有している場所。本家の人間はもちろん、高専関係者も知らないだろう。
左肩に抱えたハンドバッグには一度も使ったことのないカードキー。いつでも来ていいと渡されていたが、しょっちゅう呼び出されるせいで使う機会もなく、引き出しの中でずっと眠っていたものだ。
深夜にも関わらず、エントランスに立つコンシェルジュへ軽くお辞儀をし、セキュリティシステムへ鍵を通す。私を迎え入れる自動ドアに心臓が鼓動を早め、焦燥感が襲う。
もし、悟様がおかえりになっていたら?
連絡もなしに深夜に押しかけて、私はなにをしているんだろう。冷静になりかけた思考が足を止め、一向に動かない私を見兼ねてコンシェルジュが近寄ってくる。
「どうかされましたか?」
「あっ・・・、あの、五条悟は」
「五条様でしたら、しばらくの間お戻りになっておりませんが」
「そう、ですか。私、やっぱり帰ります」
鍵を持っているとはいえ、確実に不審に思われただろう。このコンシェルジュとは何度か顔を合わせたことがあるが、なんとなく気まずくて、頭を冷やす為にも歩いて帰ろうと視線を床に移した瞬間。放たれた一言に弾かれたように目の前のコンシェルジュを見つめる。
「五条様よりご伝言をお預かりしております」