小説

「五条先生っ」
廊下を歩く僕を引き止める小さな声。足を止めて振り返れば今にも泣き出しそうなナマエ。
「どうした?」
「やっぱり嫌われてるんですよ、私」
涙を堪えようと食いしばっていた口から漏れた言葉が、数時間前に受けた相談を思い起こさせる。

『処女ってめんどくさいですか?』
『大事な相談ってそっち?』
『私にとっては一大事なんです。真面目に答えて下さい』
『面倒かどうかはおいといて。恵も童貞だろ?』

羞恥心から顔を真っ赤に染めながらも必死に話すナマエの言葉を右から左に受け流し、思春期真っ盛りの二人をどうするかに考えを巡らせた。

『やっと最後までできたんです。でもそれ以降、パッタリそういう雰囲気にならなくなっちゃって。気持ち良くなかったのかなって』
肉体的な快感はさておき、好きな女と結ばれた精神的な快感と幸福感は計り知れないだろう。なるほど、ここ数週間の意味深にナマエを見つめる恵の視線はそういうことだったのか。

『私が何回も怖がったり、痛がったから・・・。めんどくさいって思ったのかも。すぐに目も逸らされるし、ボディタッチもかわされるし、嫌われちゃったのかもって・・・。』
『それはありえないでしょ』

ぽろぽろと頬を伝う涙を手の甲で拭いながら嗚咽混じりに話す姿は恋する女の子そのもので。恵をからかってやろうかと芽生えかけていた悪戯心はすっかり息を潜め、すれ違い始めている二人を導いてやろうとさえ思い始めた。

『男の子ってもっと、ガォーッ!って・・・。男は狼って言うじゃないですか。淡白な高校生もいるんですか?』
『恵が淡白?まー、そう感じるかもね。僕に言わせれば痩せ我慢してるだけだよ』
『痩せ我慢、ですか?』
『悩めるうら若き生徒に五条先生が特別に作戦を考えてあげよう!』
『ほっ、ほんとですか!?ありがとうございます!』
『まっかせなさーい!大丈夫、男はみんなスケベだから』

何度も擦った目は赤く腫れているが、ナマエの顔に迷いはなかった。暗闇の中に差した一筋の光のように僕を見上げる可愛い教え子に応えるように、こちらも全力で応じた。

『まずはプランA!瞳を潤ませて上目遣い!手は顎の下に添えて可愛くっ!』
『うっ・・・!こ、こうですか?』
『上目遣いがわざとらしい、意識しすぎ』
『そんなこと言われても難しいですよ、ドン引きされちゃいそう』
『大丈夫、大丈夫。恵が悶えすぎてお布団でゴロンゴロンしちゃうかもよ?』
『・・・それはありえないと思います』
『失敗したら即プランBに切り替えろ』
『プラン、B・・・とは?』
『セックスしよ『無理です!』

数分前までメソメソと泣いていたのが嘘のように、もっとマシな作戦考えてとギャンギャン怒るナマエ。いつもの調子に戻った彼女に新たな助言をしようと口を開きかけたが、硝子の声が水を差した。

『いつまで廊下を塞ぐつもり?』
『あっ、硝子さん。こんにちは。五条先生、私もう行きますね!ありがとうございます、このまま突撃すればいける気がしてきました』
『目腫らしたまま行くのか?』

硝子の呼びかけにピクリと反応したナマエの行動は素早かった。硝子の手を取った上での懇願するような視線に、無言で反転術式が発動した。素早く操作したスマホをポケットに入れ、笑顔で手を振って走り去る背中を見送った。謎の自信を手に入れた彼女は無敵だと思った、のに、目の前でメソメソと泣き出したナマエに込み上げるため息を飲み込む。
「上目遣い、失敗しちゃった?」
「やれることはやりました。あとはフラれるのを待つだけです。せっかく相談に乗ってくれたのにすみませんでした」
ペコリと頭を下げてトボトボと歩くナマエを追いかけるか一瞬悩んだが、そもそも追いかけるべきなのは僕じゃない。
「仕方ない、一肌脱ぐか」




* * *





「廃病院の二級呪霊、アンタの仕業だろ」
「ん?なんのこと?」
「とぼけるな!あの場所で突然自然発生した呪霊とは思えないし、なにより最初の報告に「でも良かっただろ?」
高専内で僕の姿を見つけるなり、早足で駆け寄ってきた恵。恵とナマエを高専へ帰してから半日以上が経過している。ナマエは今頃、疲れて夢を見る暇もないほどグッスリだろう。対して胸ぐらを掴むのを我慢するように拳を握りしめている恵の瞳は怒りに燃え、嫉妬心に染まっている。
「僕に感謝してほしいくらいだよ、ナイスアシスト!五条先生!って」
ドス黒いオーラを背負いながら睨みつけてくる可愛い教え子に、込み上げる笑いを押し殺しながら囁く。
「これは言うまいと思ってたけど」

思春期の女の子って意外とエッチなんだよ

-fin-
Special thanks! ネコさん

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