小説

瞑ったばかりの目を開ければ、眩しい蛍光灯の明かりと悲痛に歪んだ恵くんの顔に本日何度目かの驚きの声を上げる。
「気がついたか」
「家入さん・・・、どうして?」
場面がコロコロ変わって訳が分からない。廃病院にいたと思えば恵くんの部屋にいて、今度は医務室?試しに私の手をギュッと握ったままの恵くんの頬をつねれば、みるみる不機嫌そうに歪む顔。あっ、やばい。現実だ。
「あは、は。おはよう?」
「バカ、心配した」
頬をつねったことを怒られるかと思ったら、突然の包容に驚く。嬉しいけど、家入さんの目の前で恥ずかしい。熱が出たように火照る顔のまま視線だけで家入さんの様子を伺えば、興味なさげにカーテンを閉められ、立ち去ってしまった。お礼は後で言えばいいか。
「あのー、恵くん?」
「・・・なんだよ」
怒っているのか、はたまた泣いているのか。こんなに弱々しい彼は見たことがない。つい先ほどまでギラついた瞳で私を犯そうとしていた恵くんとは大違いだ。胸に顔を埋めたまま、離れないように力が込められた腕は窮屈で少し苦しいが、なんだか可愛くてそっと髪をなでる。
「誰とヤッたんだよ」
「へっ?」
「淫夢、見てたんだろ。相手は誰だよ」
一変した雰囲気に、とぼける選択肢が一瞬で消えたのと同時に、背中をイヤな汗がダラダラと伝う。相手の名前を聞けば、たとえ五条先生であっても襲いに行きそうな本気の目。正直に答えればいいだけなのだが、夢の中であなたに手首を縛られて犯されかけました、なんて恥ずかしくて言えない。
「えっ、えっとー、なんのお話かな?よくワカラナイナーなんて「五条先生になに相談したんだよ」
バ、バレてる。これは完全にいろいろとバレてる。なんとか言い逃れようとしたが、据わった目が怖すぎて言い訳が思いつかない。
「そ、その、恵くんが淡白だって相談を・・・」
「は?」
「ご、ごめんなさい!だって、真剣に悩んでたんだもん。ちゃんと最後までできたのも一回だけだし、あれ以降あんまり触ってこないし・・・」
はあー、と盛大なため息と共に項垂れた頭。不謹慎とは分かりつつ、珍しく感情を表に出す恵くんが珍しくて、ついつい口角が上がってしまう。
「お前、覚悟できてんの?」
「へ?」
さっきまでの出来事は夢だった、はず。なのにどうして、夢の中の恵くんと同じ目をしているのだろう。





* * *





絶対怒ってる。というより、めちゃくちゃ怒ってる。私の手を力強く掴んだまま、医務室から男子寮へとズンズン歩く恵くんに引かれ、絡まりそうになる足をなんとか動かして歩く。無言の圧力と立ち込める黒いオーラに、心がズキズキと痛む。
「早く入って」
部屋の前で離された手に立ち尽くせば、冷たい瞳が私を見下ろす。思わず俯きながらあの日以来の部屋へ入れば、相変わらず綺麗に整理整頓されている。きっと、別れ話をされるのだろう。もう少し、もう少し近づきたい、もっと知らない一面を見てみたい、そんな出来心だった。五条先生とは長い付き合いだと聞いて、なにかきっかけが作れればと軽い気持ちで相談した。

『恵が淡白?まー、そう感じるかもね。僕に言わせれば痩せ我慢してるだけだよ』
『痩せ我慢、ですか?』
『悩めるうら若き生徒に五条先生が特別に作戦を考えてあげよう!』
『ほっ、ほんとですか!?ありがとうございます!』
『まっかせなさーい!大丈夫、男はみんなスケベだから』


こんなことになるなら、実行しなければ良かった。唇を噛み締めて込み上げる感情を誤魔化せば、背後からカチリと音が聞こえる。慌てて振り返れば、無表情の恵くんがジワジワと迫ってきて背中をイヤな汗が伝う。
「め、めぐみくん、あの、ごめん」
「なにが」
「私、任務中に倒れたんだよね?任務はどうなったの?虎杖くんと野薔薇ちゃんは「まずは自分の身を心配しろよ」
低く冷たい声に思わず身体がビクリと震える。恵くんは私が部屋にいても滅多に鍵をかけない。隣の部屋にいる虎杖くんが突撃してくるからだ。何度注意してもノックと同時にドアを開ける虎杖くんに、私も何度もハラハラした。たまにいい雰囲気になっても、唇が触れ合う直前にノック音が響いて慌てて離れたこともある。エッチなことするなら鍵をかければいいのに。毎回思いつつも、言えなかった小さな不満。足がぶつかり、尻もちをつくようにベッドへ座れば逃げ場はない。

「俺がお前を犯してる」
ふと脳内に響いた声に目を瞑る

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