ここからどうしよう。
無計画に勢いだけで恵くんの頭を抱きしめたはいいが、さっきからピクリとも動かなくなってしまった。すんっと鼻を鳴らせばツンツンした髪からいい匂いがする。蜜に誘われた虫のように頭へ唇を軽く押し当てれば、恵くんの手が脇の下に回される。
「ひゃっ!」
「・・・悪い、ナマエ」
低い声に逸らされた視線。ぴったりくっついていた身体を引き剥がすように持ち上げられ、頭上から冷水を浴びせられた気分だ。明確な拒絶に鼻の奥がツンとして涙腺が緩むが、必死に堪える。恵くんの気持ちも考えずになにしてるんだろう。
「私の方こそごめんね。急に押しかけたりして迷惑、だったよね」
泣くな、我慢して。震えそうな声を絞り出せば、ハッとしたように顔を上げた恵くん。これ以上傷つくのが怖くて足早に部屋を立ち去ったが、追いかけてくれるかもなんて淡い期待は無残にも消え去った。
* * *
「で?いつまでケンカしてるわけ」
「・・・ケンカしてるんじゃないよ」
今日も一年四人での任務。あれからなんとなく恵くんと気まずくて、会話どころか連絡もとっていない。恵くんはなにも悪くない、私が一方的に避けているのだから。
「あっそ。いつまでも一人でジメジメしてうっとおしい。告白する前に約束したでしょ、任務に支障きたすなって」
グサグサと心に刺さる野薔薇ちゃんの言葉に思わずたじろぐが、ごもっともだ。私の一目惚れから始まったこの恋は、野薔薇ちゃんからの当たって砕けろの言葉に背中を押されて実った。その時に約束したのだ、任務に私情を持ち込まないと。
「うん、ごめんね。ちゃんと切り替える」
分かってる。野薔薇ちゃんは私を思ってあえてキツイ言葉を使ってくれている。更に沈みそうな気持ちをなんとか奮い立たせようと顔を上げれば、満面の笑みの五条先生が手を叩く。
「はーい、今日の任務はココ!低級ばっかだけど呪霊がウジャウジャいる廃病院!」
「おっし!さっさと片付けて、飯食いに行こうぜ!」
「待て、虎杖。単独行動は危険だ」
腕まくりをして気合い十分な虎杖くんと、眉一つ動かなさない冷静な恵くん。ここからはほんの少しの油断が命取りになる。気を引き締めて気持ちを切り替え、生唾を飲んで五条先生の言葉を待つ。
「今日は特別任務だよ!西棟と東棟、それぞれ二人ずつに分かれて呪霊を祓ってもらう。先に全部祓ったチームに今日の晩飯メニューの決定権をあげちゃうよ!」
「ビフテキ!」「シースー!」
人差し指をピンと立てて闘志を燃やす虎杖くんと野薔薇ちゃんに、開いた口が塞がらない。謎のハイテンションのまま、五条先生が発表したチームは虎杖くんと野薔薇ちゃんペア、私と恵くんのペアだった。
私をチラリと見た恵くんは無表情のまま、すぐに視線を病院へ戻すと歩き始めてしまった。慌てて後を追うように入り口をくぐれば、既に玉犬と共に呪霊を祓っている恵くんの姿。拳に力を込めて呪力を練り、襲いくる呪霊を祓おうとした瞬間。
『お見舞い、次はいつ来てくれるのぉ?』
『こっちだよぉ、こっち』
『死にたくないよぉ』
そこら中から聞こえてくる声と押し寄せる負の感情に、弱った心は簡単に揺さぶられる。思わず後ずされば肩を叩かれ、振り返れば薄ら笑いを浮かべた恵くん。