頭の中でグルグルと回る思考を溶かすような、深く甘い口付け。この前、補助監督・・・誰のことだろう。伊地知くん、ではなさそうだけど、補助監督に心当たりが多すぎる。
任務帰りに新田ちゃんとカフェに寄ったこと・・・?いや、さすがに女性相手に怒らないよね。連絡先を聞かれた事もあるが全て断っているし、悟以外に色目を向けた覚えもない。
若干の上の空になりつつある意識を、悟の声が現実に引き戻す。
「ちゃんと集中しろよ」
* * *
"目は口ほどに物を言う"、人間は必要な情報のうち、八割を目から得ているという。備品室に入ってきた時から、悟の纏う空気は凍りついていた。目隠しで覆われた瞳からは感情が察せずとも、声のトーンと口元の動きから、怒っていることは十分に伝わってきた。
何を話しても言い訳にしかならないだろう、頭では分かっていても、口は謝罪の言葉と共に誤解を解こうと言葉を紡ぐ。ところが、発言さえ許さないというように深く、何度も角度を変えて重なる唇。
「おっと・・・。腰抜かしちゃうくらい良かった?」
執拗に責められた口内には二人分の涎が溢れ、口の端を伝っても拭う気にもなれない。支えられた腕から逃げ出すように尻もちをつけば、目の前にいる恋人が別人のように思えて思わず後ずさる。すぐに机の脚にぶつかり、動きを止めれば赤子を抱くように優しく抱き抱えられ、机の上に下ろされた。これから起きることが容易に想像がつき、背筋を嫌な汗が伝う。
「お願い、せめて部屋で「なんで優しくしてもらえると思ってんの?」
打って変わった氷のように冷たい声に、喉がヒュッと音を立てる。正直、ここまで怒っている理由が分からない。これまでも何度か約束を忘れてしまい謝罪したことはあるが、笑って許してくれた。だからといって、何をしても許してもらえるなんて思ったことはないが、ここまでとは・・・。
ゆっくりとした動作で目隠しを外し、獣じみたギラギラとした青い瞳と視線が交わる。外された目隠しが頭に触れ、私の視界を真っ黒に染めれば心は恐怖に満たされ、脳を不安が支配する。
止めようとしても震えてしまう手に、温かくて大きな悟の手が包み込むように触れる。それだけで心の中に光が差し、わずかな希望を見出してしまう。
「人間って五感を奪われると、他の感覚が鋭くなるんだって。どう?」
「・・・ごめんなさい。お願いだから、外してほしい」
耳元で優しく囁かれた言葉に、ゾクゾクと鳥肌が立つ。視界を奪われ、間違いなく聴覚は研ぎ澄まされている。いや、聴覚だけではない、耳にかかった微かな吐息さえ、甘美な刺激となり全身を襲う。
「お願い、悟。怖いよ・・・」
返事もなければ、本当にそこにいるのかも分からない。勝手に外す勇気もなくて、気配だけを頼りに悟の服を掴み、だいたいの検討をつけて見上げる。
「ナマエは僕のこと信じてる?」
「えっ、なに急に「答えろよ」
「・・・もちろん、信じてるよ」
「じゃあ教えてよ。どうして僕と付き合ってること隠したいの?」
これまで何度か繰り返されてきた質問だが、言えるわけがない。あなたの恋人である自信が持てない、だなんて。任務に支障が出るから、余計な詮索をされたくないからと、当たり障りない理由ではぐらかしてきたが、限界なのかもしれない。
誰にもバレないよう、徹底した五条さん呼びと敬語を使ってきた。もちろん、二人きりの時は除いて。その事を悟から咎められたこともなければ、対一級術師としての扱いをしてくれた。そのことは心から感謝している。私のワガママでしかないのだから。
「答えられない?」
その質問に対しても、なんて答えたらいいのか分からなくて、口をギュッと噛み締めてひたすら嵐が過ぎ去るのを待つ。なんだかんだ、悟は私に甘い。そう、甘えがあったのだ。