煙を上げて燻ぶっている落ち葉の中でパチンと火花が爆ぜたので、そばでしゃがんでいた私は驚いて尻もちをついた。杏寿郎さんはそれを見て楽しそうに笑った。
 火ばさみで落ち葉を突いていた彼が、左手を差し出して私を助け起こしながら「猫のようだったぞ」とからかう。お道化て「にゃあ」と鳴きまねをしてやると、彼は目を細めて、愛い猫だな、などと零した。

「まだ焼けませんか」

 私が問えば、彼は私の頭に手を置いて「なに、すぐだ」と返す。このやりとりは4回目だった。

「君がそんなに芋好きだったとは」

「待つのが苦手なだけですよ」

 ひさしぶりの御休みだったのに、折り悪くご近所さんからたくさん芋をいただいて、せっかくだから焼いて食べようと言い出したのは杏寿郎さんだった。焼きあがるのを待つこの時間は、尊くもあり、じれったくもある。
 火種に向き合ってばかりの杏寿郎さんが面白くなくて不貞腐れながら足元の小石を蹴り上げたら、それは燃え続ける落ち葉たちにぶつかって、小さな火の粉を躍らせた。

「危ないだろう」

 少しだけ尖った声で杏寿郎さんが私を咎める。小さな子供にするようなやり方だった。彼がそうやって粗相を叱ってくれるから、私はいつも間違ったことをした。

「だって」

 時間がかかるんですもの、と言おうとして口をつぐむ。焼き芋なんかに嫉妬して、我ながら馬鹿馬鹿しい。
 彼から関心を寄せられたいがためにくだらない真似をしていることは、恐らくとうにばれている。寂しがりの悪童など、そろそろ愛想をつかされていてもおかしくはなかった。そう考えると自分の子供じみたところに嫌気がさして、余計に何も言えなくなる。
 押し黙った私の方を横目で見ていた杏寿郎さんは、呆れたように「ふむ」とため息交じりにつぶやいた。それから火ばさみを置いて、縁側に歩んでいく。私はどうしていいのか分からずに棒立ちのままで彼の姿を見ていた。
 やがて、立ち尽くした私に向かって、縁側から杏寿郎さんが声をかけた。

「おいで」

 大人しく横に座れば、彼は私の肩を抱き寄せ、そのまま彼の膝を枕にするように私を転がした。勢いをつけてそうしたから、履物は片方だけが脱げてその辺に転がってしまうし、着物だって少しだけ着崩れたが、杏寿郎さんはおかまいなしという顔をしている。
 驚いた私が目を遣ると杏寿郎さんはとても優しい顔で私を見下ろしていて、その顔がなんだか母のようだなと思った。(顔つきは少しも似ていないのに。)
 不思議なノスタルジイに浸っていると、優しい顔のまま杏寿郎さんがゆっくりと近づいてきて、私の額に唇を落とした。ちゅう、と短く可愛らしい音が鳴る。彼の長く美しい金糸雀色の御髪が影をつくって、やがてぱたぱたと顔をくすぐりながら離れていく。そうして明るくなったそこにあったのは、やっぱり母親のように優しい顔だった。

「待てるな?」

 杏寿郎さんが秘密事を囁く時のように小さな声で言ったので、私は大人しく「はい」と鳴く。

「良い子だ」

 彼は私の頬を大きな手で包んで、その親指で確かめるように肌をなぞった。