「……魔王様?」

 そう呼ばれて、私は振り返り、ぱちくり瞬いた。

 目の前には、見知らぬ少年。年齢は私と同じくらい。若葉色の髪に、ちょっと褐色を帯びている肌。つり上がり気味の目は、髪色より少し濃い緑色だ。樹木のような色彩の人間である。アニメのキャラみたい。

 それより“どちら”だろうか? 首を傾げる私に、少年はわたわたと詰め寄ってきた。

「おまえ、魔王様だろ? オレのこと分かるか? オレだよ、オレ!」

「あぁ。久しぶり、将軍」

「ちっがーう! そこは『オレオレ詐欺なら結構です。間に合ってます』とか言うところだろ!! なんでスルーするんだよ!! てか、よくオレだって分かったな?! やっぱり、」

「うるさいよ?」

「すいませんでした」

 将軍が謝った。怯えたような青い顔で。私が笑顔で圧力をかけたからだ。ちょっとうざかったから、つい。こう見えて私は、他人に対しては意外と気が長くない。流すか、諦めるか、強制終了させる人間。

 ということで、将軍を放置して歩き出す。数歩離れたところで、将軍が私の腕を掴んできた。復活したらしい。そのまま、ずるずると私を連行していく。わざわざ抵抗するのも面倒なので、大人しくついていった。


 まったく人がいないところまで来て、将軍は私に向き合った。腕は掴まれたままだ。引き剥がそうかと考えたとき、将軍が口を開いた。

「えーっと……何から話し始めればいいんだろな……」

「どうして将軍がここにいるの? 君も『向こう』で死んだの?」

「直球すぎる! 単刀直入にも程があるよ魔王様!」

「いいからさっさと答えてくれる」

「そうですね」

 ムードがどうのと喚く将軍に無表情で言う。将軍は即行で頷いた。それを確認して、話を切り出す。

「姫はどうしたの? 一緒に死んだの?」

「……置いてけぼりだよ」

 じっと将軍を見つめる私の声は、ちょっとだけ乾いていた。それに気づいたからか、将軍は雰囲気を変えた。眉を下げて微かに口元を歪める。自嘲的な笑みだった。

「魔王様のあとを追ったみたい、オレ」

 彼は、私を轢いたトラックの運転手に殴りかかったらしい。私の死体を見て理性の箍〔たが〕が外れたのだとか。何も考えず、混乱と錯乱の状態にあった相手に突っ込んでいったとのことだ。

「あいつ相当バカでさ。魔王様を死なせちゃって焦ってたのか知らねぇけど、オレのこと本気で殴り返してきやがって」

 乱闘の末、アスファルトに叩きつけられた将軍は、打ち所が悪くて死んだらしい。わざと軽い口調で言う将軍に、私は拳を握り締めた。

「……っざけるな!」

 鈍い音が響いた。将軍が地面に倒れ込む。地面に向いた顔の、頬の部分が赤かった。私が殴ったからだ。声も上げず、痛いとも何とも言わず、顔も上げず俯いたままの将軍を見て、私の頭は冷えた。

「……ごめん」

「……なんで謝んのさ。怒ればいいだろ。バカとか、正義のヒーロー気取りとか、……姫を一人で置き去りにするとか、ふざけんなって、そう言えばいいだろ」

「言えないよ。……バカみたく正義のヒーロー気取って、置き去りにしたのは、私も同じだから」

 いま気づいた。自分のバカさ加減に。友人たちを「庇った」とか思っていた自分の身勝手さに。置いていかれる側の気持ちを考えなかった自分の残酷さに。

「……ごめんなさい」

 やっぱり私は最低だ。そう思った私の腕を、将軍が引っ張った。一瞬の隙。対応ができず、私は将軍に突撃することになった。思わず目を瞑る。

 直後、ぼすっと音を立てて、将軍に抱き留められる。……妙なところで男前だ。そう思う私は、現実から逃避したくてたまらないのだろうか。

「謝る相手は、オレじゃなくて姫だろ」

 いつか二人で謝りにいこうぜ。そんな無駄にベタで男前なセリフを吐く彼は、本当にあのアホっぽくてヘタレでオタクな将軍なんでしょうか。誰かの“変化の術”じゃないのかな。そう思ってたら頬を引っ張られた。将軍に。解せない。

「いや、ぜんぶ声に出てたからな?!」

「それは知ってる。わざと声に出してたんだから。解せないのは、本当のことを言っただけなのに怒られる理由」

「残酷!」

 長いときを越えて再会した親友に対して、以下略。いろいろ喚く将軍の腕のなかで、私は肩の力を抜いた。とりあえず、そろそろ離れたい。身じろぐ私に気づいて、将軍が腕の力を強めた。

「……将軍」

「あと少しだけ! もう五分!」

「顎と鳩尾、どっちに拳を叩き込んでほしいの」

「ありがとうございました」

 そっと腕を広げた将軍。私はさっさと彼から離れた。ぼそぼそと「クール」「デレが少ない」などと呟く将軍の頭を軽く叩いて、隣に腰を下ろす。

「……私、いま紬一流っていう名前なんだけど」

「唐突だな。つか、名字なら見た目で分かってたけど。……オレは、伊吹山吹」

「音が被ってて語呂悪いね」

「うるせぇな」

「きゅう」

 渋い顔をする将軍。地味に気にしているらしい。しかし以前と似つかない顔立ち。なかなかの美少年に生んでもらえたみたいだ。よかったね将軍。心のなかで祝福してあげながら、白銀を撫でる。

「いやなんで平然としてんの?! どこから湧いて出たとか思わないの?!」

「私の周り、神出鬼没とか瞬間移動とか普通だから」

「何その超能力集団! 怖いよ紬さん! っていうか、オレこいつ知ってるし!」

「……まじですか」

 いきなりカミングアウトした将軍。まさかの白銀と知り合い。聞けば、生みの親だとか。……どういうことですかね。理解できない。詳しく教えてもらうことにした。
 

→(2)
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