「……似合わない」

 鏡に映った自分を見て呟く。横にいた白銀〔しろがね〕が、不思議そうな目で私を見上げた気配がした。けど、気にしない。ちょいちょいと髪をいじる。鏡のなかの私の髪は、黒から灰色へと変わっていた。ついでに目も、黒から空色になっている。

「……すごい違和感」

 見慣れない自分の容姿に、心からそう感じた。


 母が失踪してから一年が経過。私は、あと数か月で九歳になるところです。相変わらず、獲物を求めて放浪する父・御影さんについて旅をしている。初めて契約した口寄せ動物・白銀と一緒に。

 白銀という名前は、私がつけた。チャームポイントの瞳から連想しただけ。わりと単純。だけど、彼は気に入った様子。そのせいなのか何なのか、白銀は一向に帰らない。ずっと私のところにいる。べつに困らないからいいけど。御影さんも何も言わないし。というか彼は、私に対して完全に無関心だ。使用人か……データブック? そんな認識だと思う。

 料理、掃除、洗濯、裁縫、エトセトラ。私はいろいろ働く。一番の仕事は家計の管理だと思う。旅ってお金かかるから。どうやってるのかというと……賞金稼ぎだ。

 御影さんが闘う相手のなかには、賞金首がいたりする。その人たちの死体を換金所に持っていくのだ。……御影さんが。私は運べない。死体が嫌とかじゃなくて。体格的に無理だから。

 私の仕事は二つだ。賞金首の情報を把握する。対戦相手のなかに該当する者がいたら、御影さんに伝える。これが意外と上手くいっている。だって、賞金首になるような人間は強者だ。御影さんが闘うのを好む者。それを教えれば御影さんの気分は高揚する。それに、賞金というのは勝者の証みたいなものだから、御影さんの満足度も上がる。

 我ながら、あくどい。というか、ずる賢い。倫理的に最低なのかもしれない。しかし慣れてしまった。倫理とか言ってたら、忍としてやっていけないと思う。


『……別に、忍でなくとも生きていけるだろ。むしろ女なら、忍以外の生き方の方がいいんじゃねぇのか?』


 あるとき、とある忍が、そう言ってきた。旅先で出会って、一時的にルームシェアをした人。なんとも不思議な人だった。すごく綺麗で、年齢不詳だった。謎が多かった。……いや。その人の話は置いておきましょう。セリフに戻ります。

 それは、的を射た言葉だった。よく考えれば、忍として生きるほうが、いろいろと死亡フラグが乱立するだろう。ただでさえ自分は落ちこぼれだし。

 だけど、私は忍になりたいと思った。ここまできたら自棄だ。

 その旨を伝えて、私は修行に励み続けた。その忍と一緒にいる間、彼の指導とアドバイス(観察と批評?)を受けながら。彼は頭が良く……というか、観察眼と洞察力が鋭く、私が忍術を使えない理由を考察してくれた。

 彼曰く、私は無意識下で抵抗を抱いていた、かもしれないそうだ。簡単に言うと、私は「あんな超人的な技、自分が使うなんて無理だ」と、心の奥底で思ってしまっていたらしい。

 前いた世界と、今いる世界。似て非なるところであるのは、分かっていた。そのつもりだった。けれど、実際は、今の世界を完全に受け入れられていなかったのだ。無意識に突き放してしまっていた。自分には縁のないものだと。

 身体は今の世界に適応しているのに、精神は順応しきれず、前の世界を引きずっていた。おそらくそれが、私が能力を使えなかった原因。だと思う。彼はそこまで言ってない。当然だ。私は彼に自分の正体を明かしていないのだから。

 自分が「転生者」であることを、誰かに話すつもりはない。反応が怖いからではなく。相手を困惑させたくないから。だって、もし自分が話される側だったら、確実に混乱する。戸惑ってしまうだろう。

 だから、彼の指摘を受けたとき、私は誤魔化した。御影さんみたいな人が近くにいたら、圧倒されてしまって、自然と自信をなくすと。微妙に苦しい言い訳だったと思う。けど、彼はあっさりと納得したから良しとする。

 ともかく。無能力の原因が心身のアンバランスさにあると知った私は、それを改善することに努めた。この世界の『設定』とやらを、ちゃんと受け入れることにした。

 そのおかげか、私は術を使えるようになっていった。めきめきと上達していった。今までの苦労は何だったんだと言うくらいに。ほんとフブキさんに申し訳ないんですけど。とりあえず一通りの忍術と幻術のスキルを手に入れた。彼曰く、少なくとも下忍レベル。なかなかの到達度だと思う。意外と才能があったらしい。もったいないことした。

 ただ、結界術のほうは、まだ習得していなかった。いまはもう過去形ですけどね。はい。冒頭にあった通り、無事に開花いたしました。つい先日に。

 きっかけは、親切?な忍と別れたあと。何度目かの御影さんの「狩り」にて。あの乱闘に巻き込まれました。……白銀が。意外とドジだったようです。私ですか? そんなヘマはせず、しっかりひっそり避難してました。けど、出て行きました。白銀が切り捨てられるのを見過ごせませんでした。

 だって、御影さんに斬られるとか、ちょっと可哀想だった。敵に攻撃されるならまだしも、身内(一応)にやられるとか。さすがに見捨てられなかった。

 何も考えずに出て行った私。白銀を抱きすくめて、ふと思った。これ自分が死ぬだけじゃないか、と。御影さんの攻撃を避けられるはずがないんだから。

 終わったな。と思ったら、終わらなかったパターンでした。よく漫画とかである流れですよね。ご都合主義の展開ですね分かります。

 さて、咄嗟に目を瞑っていた私。身構えはしたけれど、いつまでも攻撃が訪れない。気になったので、恐る恐る目を開けました。期待していたのは、御影さんが手加減してくれたという展開。しかし実際は違った。

 私は、透き通る金色の半球体にすっぽりと包まれていた。あとから知ったけど、それが、私が人生において初めて創生した結界だった。しかし、そうとは知らなかった私は呆然としていた。

 あの御影さんの攻撃を弾くとか、すごすぎる。……そう思った。何これ、誰が出したんだ、とか。そんなことより先に感嘆した。思わず口に出していたらしく、白銀に「なぜ第一声がそれなんだ」という目で見られた。あれはよく覚えている。

 何はともあれ、私は無事、紬の“血継限界”も発現させた。すごく安堵した。

 よかったー、私ちゃんと御影さんの子だったよ。フブキさんに伝えたくて仕方なかった。しかし、ふと我に返って、断念。そういえば居場所が分からないんだった。というか、伝えに行くとか完全に嫌がらせじゃないか。その面下げて会いに行くんだって話ですよね分かります。


 そんなことを思いながら、鏡を見る。冒頭に戻りました。めちゃくちゃな段落構成ですいません。あれこれ回想してたらこうなった。

「……やっぱり変な感じ」

 灰色と空色。能力の発現に伴って、変化した私の容姿。紬の象徴。じっと見ていて、ふと気づいた。

(……この世界の私、意外と容姿端麗だ)

 程よくさらさらで程よくふわふわな、細くて柔らかい髪。綺麗な輪郭を描く、小さめな顔。顔のパーツも、丁寧に配置されている。肌白い。眉細い。睫毛長い。鼻は大きさも高さもちょうどいいくらい。口小さい。唇とか薄い桜色。よく見れば、首とか腕とか足とか、身体全体も、白くて細い。

 これで黒髪黒目だったら、あの儚げな美人、フブキさんのミニチュア版だ。……そういえば私も黒髪黒目だったか。となると、私は、外見に関する遺伝子をすべてフブキさんから受け継いでいた様子。何だそれクローンですか。

 御影さんが自分の子かどうか疑ったのも分かる。父親の面影が皆無すぎる。旅先で出会った人たちが、私と御影さんのセットには「親子かい?」と聞いて、私とフブキさんのセットには「親子かい」と断定した理由が、いまさら分かった。

 よく他人から「将来は引く手あまただねぇ」「逆に苦労しそうだなぁ」とか言われる理由も、山賊とか人攫いとかにしつこく狙われる理由も、やっと分かった。今までは、じっくりと鏡を見る機会なんてなかったから、気づかなかった。

(……まぁいいか)

 鏡を置いて床に寝転がる。気づいたところで、どうということもない。前の容姿とまったく違うことに驚きはしたけど、なんだかもう他人事に思えた。鏡を見ない限り、自分では意識しないし。

 とりあえず、うっかり誘拐されないように気をつけようと思う。

能力と容姿の違和感
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