*中盤あたりで、軽いグロ表現あり。苦手な方はご注意を。*



 私の人生は、いまこの瞬間で終わるかもしれない。

 全速力で山の中を走りながら、私は悟った。ちなみに私の背後には、巨大な百足が凄まじい速さで迫ってきている。

(……し、しぬ……っ!)

 何ですかこれ食われるっていうか何食ったらあんな成長するんだってああ人肉食ってんですかなるほどでもあそこまで大きくなったら普通動きにくいでしょうに何だあの速さ。

 一気にいろいろ思う私の頭のなかは、もう完全に混乱している。

「! ち、父上! 母う、えっ?!」

 ばっと地に伏せる。こけた。とかではなく、本能的に。間一髪、私の頭上の空気を何かが切り裂いた。直後、ズガシャァッという何とも言えない音。そして、私の背後を取っていた百足がドォンと地面に倒れ込む。

「……チッ……クソ弱ぇ……土産ならもっとデケェ獲物つれてこい、カス」

 父こと御影さんが、ゴミを見るかのような視線を私にくれた。その手には長大な太刀。どのくらい大きいかと言うと、御影さんの身の丈(推定190cm)くらい。軽々と悠々とそれを扱う彼は化け物ではないだろうか。

 というか、あれが「弱い」とか。一太刀……の風圧だけで切り裂いて倒すとか。何この人最強すぎる。太刀の軌跡の前方延長線上まで切り裂けるとか。某海賊漫画の死の外科医ですか。

 あのトラ男は、姫が何かと見せてきたキャラだけど、わりと好きだった。改造自在とか羨ましい。私もやってみたい。あ。結界使えるようになったらやれるのか。決めた。いつかやろう。

 心中でいろいろと思う私に、フブキさんが溜め息をついた。御影さんにではなく、私に。呆れているというか、失望しているというか。

「いつまで座り込んでいるのですか。騒々しく逃げ回った挙句、みっともない……それでも紬の人間ですか」

「……すみません」

 苛立ちの溜め息のようでした。侮蔑的な視線というおまけつき。舌打ちの音が聞こえてきそうだ。すごい迫力だ。美人はやることが違う。五歳児に無茶言うな、などとは思っても口に出せない雰囲気。

 殊勝に謝って、私は立ち上がった。服が所々汚れたり裂けたりしているのは仕方ない。むしろ、それだけで済んだことに感動。身体は掠り傷一つ負ってない。私の身体能力すごすぎる。この世界に生を受けてから飛躍的に向上している。このあいだなんて、助走なしで木の枝に飛び乗れた。垂直跳びで言ったら二メートル弱。化け物ですか。

 なんて考えつつ、父母のあとを追う。木から木へと飛び移っていく父母を。速い。私を待つ気も私に合わせる気も、二人ともさらさらない。どんどん引き離されていく。私は焦る。さっきの百足も、はぐれたところで襲われたのだ。

 必死についていく私を、誰か褒めてほしい。



 いまさらですが、状況説明。

 御影さんとフブキさんと共に、諸国を旅してます。家族旅行ってやつですね。御影さんの「狩り」と、フブキさんによる私のスパルタ修行がメインの。微笑ましさの欠片もない家族旅行に心が折れそうです。死にそうです。何よりも身体的に。

 四歳の誕生日に里を出て、もうすでに一年半。しっかり生存してる私ってすごいと思う。身体能力と生命力だけ向上してる。結界術も忍術も幻術も使えないままなのに。

 解せない。なぜ能力が開花しないんだ。生命の危機に陥れば潜在能力を発揮できるってのは嘘だったのか。潜在してないってことですかなるほど。いや、納得できない。


「―――ぎゃっ!!」

 ドシャッと音を立てて、男が一人、私の前の地面に倒れ込んだ。腹が裂けて血が吹き出している。何のホラーですか。いや原因は分かってるんですけどね。

 ただいま御影さんは「狩り」の真っ最中だ。獲物は、行く先に突如現れた山賊もどきの忍集団。額当ての傷を見るに抜け忍らしい。命が惜しければ金目のものを置いていけ。と三流のセリフを吐いた彼らは、いま御影さんに狩られている。

 下手に巻き込まれないよう、できるだけ距離を取っている私。吹き矢やクナイで、御影さんが倒した人たちを確実に絶命させていく。御影さんはほぼ一撃で致命傷を与えるから問題はないと思うけど、フブキさんの命令だ。足掻かれたら面倒なのだとか。

 ちなみに彼女は、音もなく気配もなく、絶対に巻き込まれないよう完全に離れて隠れ潜んでいる。ちゃっかりした人である。私には「お前も闘ってきなさい」とか言ったくせに。修行ですか。そうですか。

「貴様、まさか“刹那の災禍”……?!!」

 抜け忍の一人が御影さんに向けて零したセリフに、思わず手が止まった。何ですかその厨二っぽい異名は。何度聞いても流せない。表には出さないけど。そうこうしてるあいだに、発言者の首が吹っ飛んだ。空飛ぶ生首。ホラーですね。

 返り血を浴びながら、御影さんは嗤った。舌なめずりまでして、凄惨に。あの人が一番のホラーだ。愛用の大太刀“軻遇突智〔かぐつち〕”を振るって、敵を殲滅する。

 相対した者は、誰彼構わず一瞬で屠る。まさに「出会ったが運の尽き」……ゆえに“刹那の災禍”と呼ばれているらしい。同義語として“黒き災禍”もある。これは、御影さんが常に黒衣に身を包んでいるのが由来。“軻遇突智”も、刀身に柄、鍔まで、全身真っ黒だし。他の色が一切ないのだ。これはこれで珍しい。そして不気味だ。

 余談だけど、軻遇突智とは火の神の名だ。日本神話に出てくる、伊弉諾尊〔いざなぎのみこと〕と伊弉冉尊〔いざなみのみこと〕の子。出生時に母である伊弉冉尊の命を奪ったため、神殺しの神とされている。いや、軻遇突智も好きで母を殺してしまったわけではないのだけれど。しかし、それは置いておく。

 言いたいのは、“神殺し”の異名を持つ……つまり、それだけの力を秘めているとされる妖刀“軻遇突智”を、軽々と自在に操る御影さん半端ないってこと。聞くところによると、あの刀は使い手のチャクラを喰らうらしいし。チャクラ喰われてんのに余裕で闘うとか何ですか。化け物ですか。密かにそう呼ばれてるらしいけど。無差別に人を殺戮する鬼だとか。邪神とか言われてるときもあった気がする。

(……ある意味、無邪気だけど)

 見ていて思う。御影さんは、べつに相手を「殺す」という意図は持っていない。ただ闘って相手に勝ちたいだけ。勝つために相手の急所を狙う。それがあまりにも的確で威力が強すぎて、ゆえに致命傷になってしまうだけ。

 よく勘違いされているけど、御影さんは“殺人衝動”を抱えているわけではない。あの人が持っているのは、強烈な“闘争本能”だ。より高度な戦闘と己の勝利を、純粋に渇望しているだけ……だと思う。

「……もう終わりか。ホント、クソ弱ぇな……」

 御影さんが呟いた。敵は全滅していた。屍の中に、たった一人立つ御影さん。至極つまらなさそうに、足元に転がる屍累々を見下ろしている。息一つ乱していないのは、さすがというか何というか。恐ろしい人である。

 無言で歩き出す御影さん。フブキさんがどこからともなく現れ、駆け寄った。不機嫌そうな御影さんから絶妙な距離を保ちつつ、何やら声をかける。が、鬱陶しげに殺気を込めて睨まれ、大人しく引き下がった。

 我が家は完全なる亭主関白だ。というか、威圧と恐怖による支配だ。そもそも御影さんは、私たちのことを少し……いや、かなり鬱陶しがっている。寄んな話しかけんな消え失せろって感じのオーラだ。私なんて「カス」「ゴミ」「クズ」呼びですからね。機嫌が良ければ「クソガキ」って言ってもらえるけど。

 基本的に静寂と一人の空間を好む人だから。孤高の人ってことですね。群れたくないと。そして唯我独尊の俺様。言動が暴力的。何ですか。某マフィア漫画の風紀委員長ですか。暗殺部隊のボスですか。二人を足して二で割った感じがします。

 そんなキャラのくせに、なぜ嫁を取ったんだ……そんな疑問が頭をよぎる。どう考えても一生独身でいるべきキャラでしょうに。

 フブキさんも疲れないのかな。いつも黙ってるけど、心の中ではイライラしてたりするのかな。よく私に八つ当たりっぽいことしてくるし。いや、別に文句を言う気はないけれど。

 この家庭、いつか崩壊するだろうなぁ……そんなことを思いながら、私は再び二人の背中を追っていくのだった。

放浪と修行の家族旅行
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