物見やぐらの上には結界が形成されていた。紬の結界とは似ても似つかない。けど、かなりの強度を持っていることは分かった。なにせ、あの結界の内部に私の結界が形成できない。さすがの御影さんも……と思った矢先。 「クソ蛇がァアアアア!!!」 怒号と、真一文字の一閃。稲妻みたいな一撃が結界に激突。火花が散る。 「うっそ?!!」 将軍の吃驚の声が聞こえた。私はそれどころじゃない。結界をいくつも紡ぐ。ゴーグル型結界をフル活用して、タイミングを計る。 大蛇丸の肩に手を置いている火影様。火花が閃光のようにまばゆさを増す。唐突に大蛇丸から手を離し、たたらを踏む火影様。目を見開いて何かを叫ぶ大蛇丸。軋む結界。穏やかに笑いながら何かを口にする火影様。ひび割れる音。軻遇突智が空を切る音。ふらつく火影様をしっかり見つめて、最後の結界を紡いだ。 御影さんが放った追撃の斬撃が、そこへ突っ込んだ。一瞬の沈黙。のち、カッと光る。そして轟音。 「………」 たとえるなら、原爆ってところかな。ぼんやり思った。 木ノ葉の方々を包んだ結界を利用して、風を起こして土煙を晴らす。奇跡的に人間はみんな無事だった。器物とか自然は崩壊ですけどね。火影様のところに着地。見たところ、御影さんの斬撃によるダメージはない。私の渾身の結界ですからね!(泣きたい) 他の人たちも似たような強度にしたから、おかげで私はチャクラ切れ手前だ。火影様のそばに崩れ落ちるように着地。でも人命第一でしたよね分かります。 一方の大蛇丸の前には、大きな門が三つ並んでいた。うち二つは倒壊済みで、三枚目も倒れた。その向こうに、結界を張った四人。その後ろに丸眼鏡(カブトとかいう名前だった)。さらにその後ろに、大蛇丸が立っていた。腕の皮膚が紫色。何事。 吃驚しつつも、とりあえず火影様の治癒を試みる。けど、止められた。火影様に。 「………」 私の手をつかんで、静かに笑って。そうして、火影様は目を閉じた。私に触れていた腕から力が抜けて、静かに落ちる。なんとも言えない感覚が身体を巡った。 「ジジィ!! よくも私の術を、?!!」 吠える大蛇丸の背後に、黒い影が現れる。黒い一閃。結界を紡ごうとしたら「よい、一流!」神庫様の声がした。同時に、青く煌めく水のような炎。御影さんの斬撃が掻き消えた。 「……ギリ、セーフ……」 雨の炎のバリアを展開したまま、将軍が深く息を吐き出した。それを掻き消すような勢いで「御影ェ!」神庫様が一喝。 「加減せんか! 木ノ葉の者まで傷つきかねん!」 「知るか」 安定の御影さん。神庫様が手を焼いているのをよそに、カブトが印を組んで、大蛇丸たちが姿を消す。白煙が消えないうちに結界で追おうとして、視界が揺れる。誰かに支えられる。 「無理しないで、一流ちゃん」 はたけさんだった。 「それ以上チャクラ使ったら危ないからね」 ひょいと持ち上げられる。横抱きで。「………」つい顔をしかめる。気づいたはたけさんは苦笑。目だけで視線を誘導される。 「あっちよりマシでしょ」 「………」 思わず無言になった。同じくチャクラ切れらしい樋代さんが、横抱きされていた。ガイさんに。どうしよう笑えない。なんで横抱き。せめておんぶとか俵担ぎならまだ見れたのに。絵の暴力ってこういうことですね理解しました。 樋代さんの目が暗く澱んでいる。こんな世界滅んでしまえばいいとか考えてそう。嫌悪すらも浮かばない無表情って、意外と迫力ある……。ほかの人も気圧されてるのか、無言。物申す勇者はいないようだ……。 「あ、あのー……オレのユータが運びますよ」 勇気を出した将軍が意見した。たまには役に立つなと思って見てれば、ガイさんが「む?」と首をかしげたあと二カッと笑った。 「心配はいらんぞ! まったく負担ではない、むしろ青春トレーニングだ!」 違うそうじゃない。みんなの心がひとつになった。将軍がわたわたする。 「いやあの、ほら、ガイさんにはほかの人を運んでいただきたいなーと思って……たとえば……火影様、とか……」 沈黙が降りた。みんなが痛ましげな顔で火影様を見る。ガイさんも暗い顔をして「……そうだな」と呟いて、樋代さんをユータに託した。けど、ガイさんが火影様に触れるまえに、火影様の身体が浮いた。ボロボロの黒衣をまとった傷だらけの身体を隠すように、いつもの白衣がかぶせられて、緋色の笠が乗る。 「俺が運ぼう。ふつうに運ぶより状態を維持できる」 神庫様が眉を下げていた。御影さんはいいんだろうか。視線を滑らせれば、御影さんは死んだように浮かんでいた。何事。吃驚しつつ考える。……たぶん、神庫様の結界か何かで鎮められたんだろう。口で言っても分からないやつには身体で分からせるってやつですね。勉強になります。 「………」 ふと、私を抱きしめる腕に力がこめられた。はたけさんを見上げる。悲痛の感情を目元で表して、火影様を見つめている。私は瞬く。ちょっと迷ったあと、話しかける。 「……笑ってましたよ、火影様」 「!」 吃驚したはたけさんと目が合う。……左目、写輪眼なんだ。傷もあるし、ワケありらしい。いまそこまで重要じゃない感想を抱きながら、言葉を続ける。 「思うんですけど、人間ってそう簡単に死を覚悟できないですよね。大切なものがあれば、なおさら意地でも生き残ろうとする。それがふつうで、正しいと私は思います。だって死んだら、大切なものは置いてきぼりを食らうし、もう自分で守れなくなるから。ほんとに守りたいなら、生きて、自分で守るべきです」 「……それは……」 「でも、火影様は笑顔で亡くなった。それって、自分の大切なものはちゃんと自分の死を乗り越えて歩いていけるって知ってて、それから、自分の大切なものを自分の代わりに守ってくれる人がいるって知ってたからかなって思うんです、個人的に」 「………」 あれ、だんだん方向が分からなくなってきた。いったん口を閉じて考える。なんだか矛盾というか、支離滅裂な部分がある気がする。悩んでいると「一流ちゃん」はたけさんに名前を呼ばれた。 「はい」 思考を切り上げて返事をする。穏やかな垂れ目と目が合った。 「……ありがとね」 どうやら、はたけさんのなかで無事いい感じの美談として完結したらしい。それならいいや。私は「元気が出たならよかったです」と返しておいた。下手に口を出して水を差すの良くないですよね。美談には合わせろってことですよね、分かります。 「……ところではたけさん、歩くくらいならできます」 「んー? ダーメ」 横抱きのまま診療所まで連行された。解せない。 漆黒と緋色の覚悟 |