「む、ちゃくちゃだろ……あの拘束から抜けるなんて……」 「……そう驚くことでもない。なぜなら、紬の結界は不可能も可能にするからだ」 目を見開いたシカマルの呟きに、シノが返した。ちょっと吃驚。こういうとき無言で観戦してそうなイメージだった。シノは静かにサングラスを上げる。 「!」 風を切る音。反射的に後ろに避ける。緑色が目の前をかすめた。目が合っているのに気づいて、とっさにチャクラを放出。 「ぐあ……っ!」 「あ」 リーさんが顔をゆがめた。しまった。まさかここで“破刃〔はじん〕”を発動してしまうとは思わなかった。ちなみに“破刃”は、チャクラを無数の針状に“形態変化”させ、それで対象を貫く技のことです。 えげつない技を食らわせてしまって申し訳ない。テキトーにチャクラを爆発させて吹っ飛ばすくらいのつもりだったんだけど、つい。本気の殺気をにじませた目とかち合ったので、つい迎撃してしまった……。 「……そろそろ棄権していただけませんか?」 蓮華?とかいう体技が不発になって、“破刃”も食らって、リーさんのダメージが半端ない。写輪眼とか白眼とか使えなくても、目で見て分かるレベルだ。心配になって棄権を勧める私。リーさんは身体の軸を正して笑った。 「……いいえ! ボクは諦めません!」 まっすぐな目だった。ぜったいに譲らない目。 「……性格イケメンですね、あなた」 思わずこぼれた。一瞬の沈黙のち、リーさんが「えっ?!!」と顔を赤くした。同時に上方から「はぁあ?!!」と吃驚の声。……ナルト、サクラ、いの、シカマルかな、声的に。 「こ、怖い人ですね君は! ですが残念です! い、色仕掛け、なんてボクには効きませんよ! ボクにはサクラさんがいますから!」 「……率直な感想を述べただけですけど」 色仕掛けとかした覚えはないです。キャラじゃないし、仕掛けられるほどの色気なんて持ってません。フブキさん譲りの外見以外、私に女性的魅力はほぼないと思う。 「イツル、考え直せ! そいつはガイの生徒だぞ! やめておけ!」 「………」 アスマ先生はいったい何を血迷ってるんだろう。訂正するのも億劫になって、蔑む感じの視線だけ送っておく。隣の夕日さんがアスマ先生の脇を小突くのが見えた。 ふと空気が揺れた。視線を向ける。リーさんが目を閉じて、腕を顔の前でクロスしていた。ざわざわと髪が逆立ちはじめて、ものすごい量のチャクラが漏れ出す。 「っ! 一流! “八門遁甲”だ!」 上から聞き覚えのある声が降ってきた。樋代さんが珍しくあせった顔で私を見下ろしていた。見に来てたのか……「のんびり行くね、緑タイツ君との試合なら心配してないから」とか言ってたのに。一瞬どうでもいいことを思った。 「ハァアァァア!!!」 いつの間にか第四“傷門”が開いていた。え、待ってマジですか。吃驚してたら、リーさんが消えた。ものすごい轟音。地面が割れる。とっさに結界を形成した直後、衝撃がきた。あまりの勢いに、足が地面を離れる。 「っ!」 慌てて結界の強度を補強しにかかるけど、壊れてしまった。新しいものを形成するまえに、リーさんの拳を食らう。反射でかざした腕がイヤな音を立てた。腕というか、全身。次から次へと攻撃がくる。息をつく間もない。 「結界なんて使わせません!」 下へと突き落とされる。同時にさりげなく仕込まれた包帯をほどこうとしたけど間に合わず、ガクンと揺れて、引っ張られた。 「ハァアァァア!!!」 とっさに結界を紡ぐ。割れた。 「裏蓮華!!!」 重い拳が、腹部へと叩き込まれた。息が止まる。熱いものが喉へとせり上がってくる感覚。リーさんのうめき声が遠くで聞こえる。 (……浮、け) 背中に結界が触れた。結界の内部へと身体が沈んで、やや乱暴ではあるけど受け止められる。イメージは水。 「……っ、は……」 やっと呼吸ができた。肩で息をしながら、目を閉じる。心臓の音が大きい。周りの音が聞こえないくらいに。落ち着かせるために、深く息を吸い込んだ。 紡いだ結界は二つ。一つは『通過したもののエネルギーを奪う』結界。リーさんの放出エネルギーが膨大すぎて、吸収しきれずに壊れてしまったけど、威力を半分以下にすることはできたと思う。 もう一つが、クッションにする結界。予測通りの場所に落下してよかった。無事に作動したから、衝撃もかなり和らげられた。あとはテキトーに結界を使って回復すれば済む。 ズキズキが治まるくらいに治癒して、私は目を開けた。ざわめきが耳に入ってくる。結界を解いて、ボロボロの地面へと降りたつ。……ちょっとふらついたけど、まぁ仕方ないですよね。 「………」 リーさんはしゃべる余裕もなさそうだ。それなのに、私に気づいて懸命に立ち上がろうとする。ミシミシと不吉な音を立てながら震える身体で。なんだか申し訳なくなる。……けど、これは勝負だ。 結界を使って棍を発見・回収して、私はそれを振りかぶった。リーさんの側頭部に軽めに決める。リーさんが地面に倒れ込むまえに、結界で浮かせて、そっと降ろした。……さすがにドサッと落としたら良心にとがめられる。 「……勝者、紬イツル!」 不知火さんが高らかに言った。シーンと静まり返った会場に声が響く。みんな呆然と無言なのだ。なんか気まずい。ため息をつきながら、リーさんを結界で包む。切れていた筋肉と、ヒビが入ってたり折れていたりした骨は治療。あと、身体中に散らばっている骨破片は回収しておこう。一応、私のせいで負傷したわけだし。アフターケアって大切ですよね、こういうことですよねきっと。 「すごかったってばよ、イツルちゃん!」 医療班員にバトンタッチして上に戻ると、ナルトから声をかけられた。無難に「ありがとう」と返して、シカマルの横に行く。シカマルはなんか頭を抱えてうずくまっていた。なにゆえ。疑問に思いつつ、とりあえず頭上の白銀をもらう。 「……オレおまえに勝てる気しねーわ」 シカマルが唐突に呟いた。私はぱちくり瞬く。 「……シカマルならいろいろ策を練って勝ちそうだけど?」 「……んなことねーよ」 シカマルは深いため息をついた。 「あー……つかもうオレの番かよ、めんどくせー」 シカマルが呟く。シノが顔を向ける。 「そういうセリフは言うべきではない。なぜなら、臨戦態勢を取っている相手に失礼だからだ」 「それがめんどくせーんだっつの。……ったく、ツレとちがってやる気満々じゃんあの女」 扇子に乗って優雅に対戦フィールドに降り立ったテマリを見下ろして、シカマルが愚痴る。カンクロウが棄権したので、テマリも棄権すると期待していたのかもしれない。人生そう上手くはいかないのである。 重りと包帯の本選 |