【伊吹山吹】


(……ありゃ。ヒナタ寝てるわ)

 見舞いにきたはいいが相手が寝てるときって、どうしたらいいんだろう。出直す? でもオレこのあと魔王様と団子食べに行くんだよな。このまま行っても十五分くらいヒマになる。うーん、どうするべきか……。考えていたら、何かに身体を掴まれた。

「っ?!!」

 砂。ということは。

「……我愛羅!」

 顔だけで振り返れば、あの独特な目と目が合った。病室のドアのところから、無言でオレを見つめてくる。無感情な目に、体温が数℃下がった気がした。

「……何の用だよ?」

 引き攣った笑顔になってると思う。もしかしたら笑顔にすらなってないかもしれない。それでも、できるだけ軽い調子で聞いてみる。動揺を悟られるのは避けたい。油断してて、両手をふさがれたのは痛手だ。これじゃ匣が出せない。かといって、我愛羅の砂から何かを形成するのもムリそうだし。けっこうヤバい。

「……殺す」

「は?!!」

 近づいてきながら手を伸ばしてきた我愛羅にあせる。アレ“砂縛柩”の構えだ。うわ待ってマジ待って。リーさんの代わりにオレが対戦した時点でフラグは立ってたけど! マジで起こるとは思ってなかった! マジ油断した!

 我愛羅が拳を握る。途中で、その動きが止まった。ふるふる震える。そんな我愛羅の頬を、ナルトが殴った。「うわっ!!」シカマルがうめく。

(救世主……!)

 内心で感動する。マジイケメンだわ二人とも。抱かれてぇ。嘘です。オレは女の子が好きです。ヒナタとテマリの旦那を奪うつもりもない。てかヒナタ起きて! 君の旦那がカッコいいよ!

 そういえばナルトなんでここいるの? やっぱヒナタが心配だったから? 魔王様が応急処置したとはいえ、ネジに心臓やられたし、嫁が心配だったってこと? ヤバい夫婦愛マジ尊い。おいしいわ。二番目に好きなカップリングだし。ちなみに一番はシカテマ。

 ……何の話。慌てて軌道修正。三人へと意識を戻せば、我愛羅の身の上話が始まっていた。聞き逃しすぎだろオレ。

「家族……それがオレにとってどんなつながりであったか教えてやろう。憎しみと殺意でつながる、ただの肉塊だ」

 実際に目の前で聞くと、ひどく重たい“現実”だった。つくづくオレは恵まれてるんだと思い知らされる。オレの家族はふつうの暖かい家庭だ。ナルトみたいに里の人間から蔑まれたこともない。サスケみたいに一族が惨殺されたこともない。我愛羅みたいに家族にすら畏怖されたこともない。

 漫画で読んでたときは「すげー設定だな」と思った。けど、それじゃ済まされない。そんな軽い感想じゃ済まされない。いまだ身体にまとわりついたままの砂が、いっそう重く感じた。

「……ではオレは何のために存在し、生きているのか? そう考えたとき、答えは見つからなかった……だが生きているあいだは、その理由が必要なのだ。でなければ死んでいるのと同じだ」

 シカマルが呆然と「何言ってんだ……コイツ」と呟く。オレと同種のシカマルにはやっぱり理解できないらしい。反対に、ナルトは静かに我愛羅を見ている。分かるという顔で。でも、我愛羅はナルトの表情に気づかない。見もしない。

「そしてオレはこう結論を出した。『オレはオレ以外のすべての人間を殺すために存在している』と。いつ暗殺されるかも分からぬ死の恐怖のなかで、ようやくオレは安堵した……暗殺者を殺し続けることで、オレは生きている理由を認識できるようになったのだ」

 ほのかに頬を緩めながら話す我愛羅に、不思議な気持ちになった。憐みとも、同情とも、なんとも言えない気持ちだ。

「自分のためだけに戦い、自分だけを愛して生きる。他人はすべてそれを感じさせてくれるために存在していると思えば、これほどすばらしい世界はない……この世でオレに生きている喜びを実感させてくれる、殺すべき他者が存在し続ける限り……オレの存在は消えない」

 重くて冷たい沈黙が流れた。シカマルは完全に理解不能って感じだ。ナルトは微妙に震えてる。オレは動けないままだ。気の利いたセリフも思い浮かばないし、下手に動いて“砂縛柩”されるのも怖い。

「何事?」

 澄んだ声が沈黙を破った。みんな一斉にドアのほうへと目を向ける。魔王様がいた。

「いつまで経っても将軍がこないから、ヒナタのお見舞いで時間を忘れてるのかと思えば……なにこの状況。解せない」

 さすが魔王様。物騒な現場で安定の呑気さだった。

「ぐ……っ!」

「! うおっ?!!」

 不意に我愛羅が頭を押さえた。砂の拘束が解けて、オレの身体がふらつく。無様に尻餅ついた。恥ずかしい。

「……ちょっと何やってんだよ魔王様!」

「失敬な。私はまだ何もしてないよ。あのひとが勝手に頭痛を起こしてるだけ。濡れ衣やめて」

 恥ずかしさをごまかすために魔王様をなじってみれば、マジのトーンで返された。美人の不機嫌顔って迫力がある。「ごめんなさい」オレは素直に謝罪した。

「……なぜ、いつもいつも助けにくる……」

 我愛羅がうめくように言った。顔をゆがめて、苦しそうだ。心配になるオレをよそに、魔王様が「なんでって言われても……」と首をかしげる。

「気づいたら助けた形になってるんだよね……無意識に助けるくらい大切なのかも?」

「なんてアバウトな返答」

「とっさの行動の理由なんて、結果から逆算して考えてくしかないでしょ。ほぼ反射なんだから」

 ほんと、魔王様は見た目に反して感覚派だ。思わず苦笑するオレ。ため息をつくシカマル。間抜け面のナルト。我愛羅は睨みをキツくした。

「……おまえたちは、必ずオレが殺す……待ってろ」

 物騒な言葉を残して、我愛羅が姿を消した。どうしたら砂で瞬間移動ができるのか知りたい。切実に。あわよくば取り入れたい。……じゃなくて。

「サンキュー、みんな。助かったわ」

 お礼を言うと、ナルトとシカマルは珍しく歯切れ悪く「おう……」と返してきた。いろいろ刺激が強かったらしい。いきなりこんなシリアスな場面に放り込まれたらそうなるわな。

「……あ」

「なに、どうしたの魔王様」

「お団子の割引券、指定時間すぎちゃった」

 しゅんとする魔王様は、いまオレがどんなに大変な状況にあったのか理解してるんだろうか。沈黙のなか、シカマルがため息をついた。

存在と意義の本選前日
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