筆記試験開始から五分が経過。くるりと鉛筆を指先で回す。もっかい問題を一からざっと眺めて、私はため息をこぼした。明らかに、下忍……経験のないヒヨっ子忍者が解くにはむずかしすぎる。私も分からない問題ある。ぜんぶは分からないんですよ残念ながら。基本的に勘やノリで動いてる人間なので。こんな計算しながら動きません。

 さて。難易度の高すぎる問題。つまり、この試験は、受験生の知力を見て篩にかけるための試験ではない。それなら、何を基準として篩にかけるんだろうか。

(……『無様なカンニング』は失格で……『忍なら、立派な忍らしくすること』……)

 森乃さんの言葉を思い出す。無様な。立派な。ちがいはなんだろう。彼はなんて言ってた? ……『カンニングおよびそれに準ずる行為を行ったと、ここにいる監視員たちに見なされた者は』不合格。

(……なるほど)

 行った者じゃない。行ったと見なされた者が不合格。つまり、周りに感づかれなければどんな不正もかまわないってことですね。どうやら知力ではなく、バレずに情報を収集する力を見るための試験みたいです。

 結界を使って周りの様子を視てみる。やっぱりナルトは撃沈。チョウジも惨敗。サクラは自力で解いてる(さすがだ)。シノは蟲を使ってカンニング。サスケは写輪眼。キバは赤丸で、ヒナタは自力か白眼か。将軍とシカマルはダルそう。いのは……あと少ししたら“心転身”を使うのかな。で、第十班のメンバーにも“心転身”してくれるんだと思う。

(……っと、あのひとかな)

 すらすらとペンを動かしている男性を見つけた。彼がターゲットってことでしょうね、たぶん。シノの蟲もやってきたし、まちがいないはず。というわけで、ズーム。男性の答案用紙をのぞき込む。わぁ文字がびっしり。写す気なくす。

 くるり、もう一度ペンを回して息をつく。さて、どうしようか。迷う。いや写せばいいのは分かってるんですけどね。自分一人だけ写して終わっていいのかって問題なんですよ。ほら、いのに何度も心転身を使わせるのは忍びないし。……仕方ない。私がチョウジとシカマルをなんとかしよう。

 決心して、私は結界を新たに発動させた。まず結界を通して三人に声を送って説明。了承を得てから三人の鉛筆を操らせてもらう(いのが「そうなのラッキー、私のもおねがーい」と言ってきたから)。不審がられないよう、三人には鉛筆に手を軽く添えてもらって、一斉操作。十分もあれば作業が終わる。結界を解除して、私は椅子の背にもたれた。記述式の問題が多いと苦労する。頭を休めつつ、ぼんやりと思った。

(……それにしても、シカマルは常にやる気が希薄だなぁ)

 声をかけた時点で、彼の解答用紙はまったくの白紙だった。名前すら書かないってどうなの。あとで注意すべきか……いや、言っても聞かないか。自答して、私はこっそりため息をついた。


 やがて、試験開始から四十五分が経過した。第十問が出題される約束の時間だ。静まり返った空気のなか、森乃さんが話し始める。

「そのまえに一つ、最終問題についての、ちょっとしたルールの追加をさせてもらう」

 えっと固まる受験生の図。そこで、お手洗いに行っていた砂の黒いひとが部屋に戻ってきた。森乃さんは「強運だな」と笑って流した。

「では説明しよう。これは絶望的なルールだ。まずおまえらには、この第十問を“受ける”か“受けない”か、どちらかを選んでもらう」

「え……選ぶって……! もし受けなかったらどうなるの?!!」

 砂の紅一点さんから質問が飛ぶ。森乃さんはあっさり冷たく、同班の者を道連れに失格だと言った。みんなが“受ける”を選ぶと騒ぎ出したところで、森乃さんが続けた。

「もう一つのルール。“受ける”を選んだが正解できなかった場合……その者については、今後永久に中忍試験の受験資格を剥奪する!!!」

 沈黙が訪れた。みんな思考回路が一瞬停止したらしい。だけどすぐ、キバが吠えるように叫んだ。

「そんなバカなルールがあるか!! 実際ここには中忍試験を何度か受験をしてるヤツだっているじゃねぇか!!」

 キバの抗議に合わせて、赤丸も激しく吠える。森乃さんは低く笑い出した。

「運が悪いんだよ、おまえらは……今年はこのオレがルールだ。その代わり、引き返す道も与えてるじゃねぇか……自信のないやつは大人しく“受けない”を選んで、来年も再来年も受験すりゃいい」

 にやりと笑う森乃さんに、受験者たちがグッと言葉を詰めた。しばらくして、小さな物音がした。誰かが立ち上がった音だ。どうやら“受けない”ことにするらしい。それに続いて何人かが教室を出ていく。道連れにされた仲間も、本心では不安を感じていたようだ。互いに慰め合っている。

 それを見送っていると、不意に視線を感じた。目を向けると、いのがこちらを見ていた。意図を察して、結界で班員の心の声を拾ってつなぐ。途端、切羽詰まった声が頭に響いた。

『ね、どうする? 受ける?』

『どうするもなにも、受けるしかねーんじゃねぇの』

『でも、もし落ちたら、』

『んなこと考えたって仕方ねーだろ。そんときはそんときだ』

 こわごわとしたチョウジの声を、シカマルがぶった切った。気だるげな声だけど、不思議と力強さを感じた。私は笑みをこぼして『そうだよ』と相槌を打つ。

『要は合格すればいいんでしょう? 今みたいに思考をつないで互いにフォローし合えば大丈夫だよ』

 やんわりと励ませば、チョウジは安心したようだった。いのが『じゃあ受けるってことでいいわね』とまとめた。それを合図に通信を切る。ちょうどそこで、ナルトが手を挙げるのが見えた。瞬く私の視線の先で、その手が机に叩きつけられた。

「ナメんじゃねー!!! オレは逃げねーぞ!!!」

 シーンとした空気のなか叫んで、ナルトは強い眼差しで森乃さんを睨みつける。私は彼より後ろの席だから、実際のところはわからないんですけどね。なんとなく雰囲気で察してるだけです。

「受けてやる!!! もし一生下忍になったって、意地でも火影になってやるからべつにいいってばよ!!! 怖くなんかねーぞ!!!」

 私の口から笑みがこぼれる。将軍も「そうこなくっちゃ」と笑うのが見えた。サクラたちも目に光を宿してナルトを見ている。森乃さんが口元をゆがめた。

「もう一度だけ聞く……人生を賭けた選択だ。やめるなら今だぞ」

「まっすぐ自分の言葉は曲げねぇ……オレの“忍道”だ!!!」

 ナルトの言葉を聞いて、森乃さんは教室を見渡した。もうだれも降りる者はいない。数秒の沈黙のあと、森乃さんはフッと笑った。

「いい決意だ……では、ここに残った全員に……“第一の試験”合格を言い渡す!!」

 沈黙が室内を支配した。みんな呆然としている。いちばんに声を発したのはサクラだった。十問目はなんだったのかと騒ぐ彼女に、森乃さんはそんなものはないと返す。要は度胸を見るための脅し。私たちのメンタルを鍛えてくれたってことにしておきましょうか、善意なんですね了解です。

 つらつらとした説明を聞き流して、思考を丸投げ。怒ってもしょうがないよ、こういうのって。諦めよう。私とは反対に、みんな「えー……」という雰囲気。あれだけ圧力をかけられた結果がこれだと、微妙な心境になるらしい。

「入口は突破した……“第一の試験”は終了だ。君たちの健闘を祈る!!」

「おっしゃー!! 祈っててー!!」

 森乃さんが締めくくり、ナルトが嬉しそうに叫ぶ。それが合図でもあったかのように、いきなり窓ガラスが割れた。危ないな。そして忍者にあるまじき派手さ。

「アンタたち!! 喜んでる場合じゃないわよ!! 私は第二試験官、みたらしアンコ!! 次行くわよ、次ぃ!!!」

 ついてこいと高らかに腕を上げて叫ぶみたらしさん。気合は充分だけど、なんというか、空回り。森乃さんは呆れている。受験生たちは呆然としている者が半数、引いている者が半数だ。

 濃いひとだと思いつつ、私は息をついた。

難問と度胸の一次試験
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