【猿飛アスマ】 オレは師として生徒を「守る」立場にある。それなのに、生徒と敵が対峙している状況において何もできない。そんな自分が不甲斐なくて仕方ない。 「……っ」 身体に力を入れるが、拘束は一向に緩む気配を見せない。厄介なものに捕まってしまった……生徒が心配だったとはいえ一瞬でも隙を見せた自分に腹が立つ。 視線を滑らせ、教え子たちを見る。ちゃんと四人で固まっている。いちばん前で敵と対峙しているのはイツルだ。……あいつの存在は不幸中の幸いか。紬の誇る“鉄壁の防御”は、そこらの抜け忍では傷一つつけられないだろう。 敵がイツルたちに近づいていく。いのたちを庇うようにイツルが半歩だけ前に出た。そのまま自然に視線を滑らせる。どうやら、敵の人数を把握してどうするか考えているようだ。後ろのシカマルも同じことをしている。冷静でいてくれてよかった。 シカマルがふとイツルに耳打ちをした。それを受けてイツルが何やら考え込む。何の作戦を立てているのか知らないが、言いたい。オレは放っといていいから、四人で逃げろと。怪我をするようなら、多少なりともリスクがあるなら撤退しろと。 先頭の敵二人が立ち止まって、同じように耳打ちをする。リーダー格がニヤッと笑った。ろくでもねぇことを考えてやがると、内容が聞こえなくとも分かる。 イツルたちに目を向け直す。シカマルが間抜け面をしていた。イツルのほうは笑みを浮かべ、すばやく棍を構えた。敵たちが身構え……ドサドサッと音がして……敵四人が地に伏していた。 「な……っ、てめぇ! 何しやがった?!」 リーダー格じゃないヤツ(面倒なので敵Aとする)が叫んだ。オレもいのたちも敵たちも唖然としている。イツルだけが平然としていた。いち早く冷静になった敵Bが、仲間たちのそばに屈み、眉を寄せて「……チャクラを奪われて、気を失ってるようだ」と呟く。棍を構えたイツルが「その通りですよ」と肯定をした。 「ほんとは一気に七人片づけたかったんですけどね」 イツルの足元で、白銀が臨戦態勢を取った。低い体勢で毛を逆立て牙を剥き出して唸る。ギラギラと光る白い瞳孔が怖いと、いま初めて思った。 「……引いてください。私の大事な人たちに危害を加えなければ、べつに戦うつもりは、」 「っくそ!」 イツルの言葉を遮って、敵Aが動いた。オレの頬骨の辺りに熱が生まれ、ぱたりと何かが滴る。いのが悲鳴を上げ、イツルが目を細めた。リーダー格が慌てて仲間を振り返る。 「やめろっ! まだ交渉の途中だ! 刺激するな!」 「そ、それ以上何かしてみろ! こいつがどうなるか知らねーぞ?!」 十二歳のガキが仲間を一気に四人も倒したんだ、感じるのは恐怖だろう。とはいえこの態度。本当に忍かと疑いたくなる。オレが半眼になったとき、イツルが動いた。静かにかがんで白銀を撫でる。いつも通りの動作だが、どこか妙だった。不審を抱いた直後、白い閃光が走った。 とっさに目を瞑る。視覚を一時的に断ったオレの耳に、鋭い咆哮が入ってくる。光が収まった頃合いを見計らって目を開けたオレは、一瞬自分の思考が止まるのを感じた。 目の前に、獅子か熊かと見紛うほどの大きさの獣がいた。いや、獣というか、あの白銀なんだが。いつもはオレの片手に乗るくらいの白銀が巨大化している。 「なっ……なんだ、こいつ……っ」 驚いている敵たちを睨んで、白銀は姿を消した。と思ったら、リーダー格と敵Bが地面に伏していた。そのそばに四つ足で着地した白銀が右足を振り払い、二人が吹き飛ばされる。それぞれ樹に激突した二人は、地面に落っこちて伸びた。その上に、白銀が尻尾一振りでへし折った樹がドォンと倒れ込み、のしかかる。 白銀は尻尾を振り回し、樹をバッタバッタへし折り倒していく。白銀が折った樹は、地に伏している(オレが倒していた)ほかの敵たちの上に倒れ込んでいく。あっという間に、オレたちがいるところだけ見通しが良くなった。 「お……おまっ、何だよ?!! 電動のこぎりよりタチわりーぞ?!!」 敵Aが引き攣った声を上げた。オレも同感だ。何者だ、白銀。尻尾だけでこの破壊力とか怖すぎる……それを連れ歩いていたイツルがいちばん恐ろしいんだが。視線を向ければ、イツルは無表情だった。綺麗な顔がいつもより少し冷たく見える。 イツルたちを守るように隠すように前に立つ白銀は、ギラギラした目で敵を睥睨した。凄みのある低い声で唸って、長く鋭くなった牙を剥き出す。牙が光を反射した。男はおののいて数歩下がり、不意にハッとして、それから“瞬身”でオレのそばに現れた。手にしたクナイをオレの首元にあてがう。 「おっ、おまえ! 動くな! こいつがどうなっても、がっ!」 言葉の途中で悲鳴を上げ、敵Aが吹っ飛んだ。オレの視界に棍が映る。“瞬身”で敵Aの背後に現れたイツルが攻撃をしたらしい。首の後ろに一発といったところか。それだけでもかなり致命的だろうに、さらに側頭部と鳩尾にも数発ずつ。ぐったりと地に伏した敵Aの顎を最後に蹴って飛ばして、イツルはため息をついた。 「……危害を加えてこなければ、見逃してやったのに」 聞いたことがないくらい冷えた声に、背筋が凍る感覚を覚えた。まだ下忍になって間もないというのに、この迫力。……血筋だろうか。考えていると、白銀が小さく吠え、ついで頭上から水が降ってくる音と気配がした。 「?!」 慌てて息を止める。大量の水がまるで滝のようにオレに降り注ぐ。ふと白銀の意図に気づいたオレは、身体に力を入れて拘束を破った。そのまま急いで滝から抜けて、ようやくイツルたちへと駆け寄る。 「おまえら! だいじょ、」「おせぇバカ!!」「何やってんの遅いわよバカ!!」「アスマ先生のバカ遅いよ!!」 「……すまん。えっと、大丈夫か。とくにイツル」 「はい。大丈夫です」 罵声を三人から食らった。あまりの剣幕に、オレはついまじめに謝罪した。それから安否確認をする。その傍ら、イツルはのんびりと白銀の大きさを元に戻していた。 「イツル、……イツルは、ほんとに大丈夫なの?」 不意にチョウジが声を発した。心配そうにイツルを見つめている。いのやシカマルも同じくだ。イツルはぱちくりしたあと、ふと頬を緩めた。 「うん、だいじょーぶ。……怖がらせちゃってごめんね」 先ほどの自分の雰囲気のことは自覚していたらしい。眉を下げるイツルの手を取り、チョウジが「びっくりしたけど、怖くはなかったよ!」と否定した。いのもイツルの頬を引っ張って「私たちを助けようとしてたアンタを、迫力があるからって怖がるわけないでしょ!」と怒鳴る。ポカンとするイツルの額を、シカマルが指先ではじき、不器用そうに苦笑して「……ありがとな」とこぼす。 「……ありがと」 目を伏せて呟いたイツルを見て、オレは息をついた。しっかりした絆があって安心した。もし三人がイツルを拒んでいたら、イツルは消えてしまっていただろう。そうならなくてよかった……。オレは口元の笑みをそのままに、手をパンとたたいた。 「……おし、さっさと帰るか」 「そうよ、早く帰りましょ。私シャワー浴びたい」 「ボクもお腹すいたから何か食べたいなぁ」 「オレも昼寝してぇ。疲れた」 「アンタたちぜんぜん働いてなかったじゃない」 「はぁ? おまえだって同じだろ」 「まぁまぁ」 いつも通りに騒ぎ出す三人を見たイツルが肩の力を抜く。オレはその頭を乱雑に撫で回した。イツルが首をすくめて目を向けてくる。オレは笑みを向けてやった。 「びくびく身構える必要も、一人だけ無理して大人になる必要もねぇぞ。あいつらはちゃんとイツルを受け入れてるんだ。おまえもあいつらに甘えればいい」 イツルは目を丸くしたあと、むずがゆさを感じているような顔で「はい」とうなずいた。 呆然と焦燥の戦況打破 |