晴れて正式に下忍となった私たち第十班。今日も任務に明け暮れています。

「こんなの、ぜったい、忍者の仕事じゃない―――!」

 ギッと土を睨みつけながら、いのが叫んだ。ドスッ! 音を立てて、鍬の先端が地面に食い込む。それを持ち上げて、再び振りかぶって、地面に突き立てる。そんなことを繰り返すいのに、アスマ先生が「頑張れよー」と声をかけた。

「先生も、手伝ってくれれば、いーのにっ!」

「……上忍は畑仕事じゃ動かないと思う」

 悠々と煙草を吹かすアスマ先生。それを恨めしげに見つめるいの。彼女の言葉に呟きを返しながら、雑草抜きをする私。シカマルとチョウジは鶏小屋で鶏と格闘中。白銀は、私が引き抜いた雑草から出てきた虫を構い倒してる。

 本日の任務『農家の手伝い』の光景である。


「も……っ、ホント、疲れる……っ」

「……代わろうか?」

「ぜったいイヤ! 雑草抜きとか、手が汚れる……!」

 手なんて洗えば済む。とか思ってても言わない私。賢明だと思う。乙女心は繊細で複雑なものだし。息をつく私を見上げて、白銀が首を傾げる。可愛い。

「あともう少しで終わるだろうし、がんばろうよ」

「……イツルって、ホント楽観的よね」

「楽観的っていうか……テキトーなだけ?」

 力を抜いて、さらりと受け流してるだけだ。いつも全力でやっていたら疲れるし。……もちろん、真面目にすべきときは真面目にするけれど。つまり、切り替え。

 視界の端っこで、アスマ先生が深く息と煙を吐き出した、ような気がした。

**

「……お疲れ様でしたー」

「待て、イツル」

 仕事終わりの解散時。みんなに続いて逃走しようとした私は呆気なく捕獲された。そんな私に気づきつつも、そのまま去ってしまったシカマルたち。意外と薄情。知ってたけど。でも白銀くらいは残ってくれてもよかったんじゃないかなーとか思ったり。

 苦い顔をする私。じっと先生を見上げるけど、先生は離してくれなかった。だがしかし、ちょっとだけ足掻いてみる。

「……何か」

「さっきオレにしたことを忘れたっていう気か? あ?」

「やったのは、私じゃなくて白銀です」

「………」

 とりあえず事実を述べてみる。先生の眉間に深い皺が刻まれた。すごい迫力……。ちょっと感嘆。

「何やってんの、アスマ。人さらい?」

「……んなわけねぇだろ」

 アスマ先生が即行で否定した。くるりと身体の向きを変える。アスマ先生に首根っこを掴まれ、宙吊りになっている状態のまま。見知った顔が三つと、見知らぬ顔が一つ、目に入った。

「……カラフル集団」

「………、髪のことを言ってるのか?」

「イツル、アンタいきなり何を言い出すのよ……」

「なにって……、思ったことそのまま?」

 訝しげなサスケと、溜め息をつくサクラ。私は首を傾げる。ちなみにナルトは、自分の髪を引っ掴んで見上げたあと、サクラやサスケ、上忍さんへと視線を向けていた。

「アスマ、何この子。おもしろいんだけど」

「そんな風に思うのはお前だけだよ……、って、イツル。どさくさに紛れて逃げようとするな。まだオレの話は終わってねぇぞ」

「始まってすらないじゃないですか」

「………」

 ぽつりと呟いてみる。アスマ先生が何とも言えない顔をした。「さすがイツル……」「容赦ないってばよ……」「……つか、何やらかしたんだ」と、サクラたちが反応をするなか、もう一人が吹き出した。

「アスマ、めっちゃ反抗されてるじゃない」

「……サスケやナルトよりは素直だと思いますけど」

「イツル、てめぇどういう意味だ」
「イツルちゃん、どういう意味だってばよ」

「……息ぴったり」

 サスケとナルトが、まったく同時に口を開いて、同義のセリフを言い放った。すごいシンクロだ。仲悪そうに見えて、波長が合うというか。ちょっとだけ感嘆する。

 バッと顔を見合わせて、いがみ合う二人。サクラの「サスケ君、そんなやつほっといて……」という言葉は、無視された。三人の様子を無言で見つめる私に、銀髪の人が近寄ってきた。目が合う。私は首を傾げた。銀髪さんはにっこりと笑った。と思う。右目しか見えてないから、曖昧。

「どーも、初めまして。オレははたけカカシだよ。ナルトたちの先生。君は紬一流ちゃんで合ってる?」

「? はい」

 なんで自己紹介するんですかね、いきなり。脈絡がないというか。首を傾げつつ、とりあえず頷く。銀髪さんは「仲良くしよーね」と言って、私の頭を撫でた。解せない。

「……あの、一つお聞きしてもいいですか?」

「ん? なーに?」

 銀髪さんは首を傾げた。実にふわふわした雰囲気だと思う。緩いというか。これで上忍だと言うのだから、相当すごい。そんな風に思いながら、私は質問をした。

「あの、名前はどう書くんですか? 素直に漢字変換しちゃっていいんですか? それだとすごいことになると思うんですけど……」

「アスマ、この子ホントおもしろいんだけど。この予測不能な感じがいい」

「おまえもう黙ってろよ」

 くるっと顔の方向を変えた銀髪さん。アスマ先生は疲れたように脱力した。そのせいか、ゆっくり私を降ろす。

 上にずれたジャージを直す私に、銀髪さんが名前の書き方を教えてくれた。漢字変換はしないらしい。よかった。「畑案山子」だったら笑ってしまうところだった。

 そのまま少し会話を膨らませる私とはたけさん。ちょっと遠くから「ツッコミなしで話が続いてるってば……」「妙に波長が合ってるっていうか……」とか聞こえてくる。サスケは「ロリコンかよ」と舌打ちをした。……それはないと思うけど。

「……ていうか、一流ちゃんはなんで吊し上げられてたの? 指導なの? 虐待?」

「ふざけんなカカシ」

「あれはアスマ先生が、可愛い小動物のお茶目な悪戯も許せない狭い心の持ち主、いたっ」

 突然、私の頭のてっぺんにアスマ先生の拳が当たった。痛い。力は込められてないけど、骨ばってるから。思わず頭を押さえる私。なぜか、はたけさんが非難がましい目をアスマ先生に向ける。けど、先生は無視した。

「イツル、おまえもう少しでいいからオレを敬えよ! 先生だぞ!」

「アスマ先生の前だと、気兼ねしなくていいって感じがするんです。なんていうんですか? 対等な目線に立って、親身になってくれる大人って感じがします」

「イツル……、って、騙されるかっ! 上手いこと言って誤魔化すのはやめろ!」

「誤魔化してません。やんわりと受け流してるんです。処世術です」

「だぁっもう! ああ言えばこう言いやがって!」

「レスポンスは会話の基本だと思います」

「……っ」

 アスマの負けだね。はたけさんが言った。顔は全然見えないけど、目と声が笑っている。おもしろくてたまらないという雰囲気を醸し出してる。好々爺然だ。

「おまえらな……」

 がっくり項垂れていたアスマ先生が、のろのろと顔を上げる。何やら言いたげな先生に向かって、はたけさんがニッコリ目を細めた。

「ねぇ、アスマ。この子、オレの班にちょうだい」

「………、誰がやるかっ!!!」

 怒号一発。それと同時に、私の身体は浮き上がった。ぐいっと。うぎゃ、と変な声が出る。地味に苦しい。お腹に腕が回されて、持ち上げられてるから。首を回して後ろを見やると、アスマ先生がはたけさんを睨みつけてた。

「……ジョーダンでしょ。そんなに怒らなくたって」

「イツル、いいか。こいつには絶対に近寄るな。向こうから近寄ってこられたら、全力で逃げつつ助けを呼べ。いいな?」

「ちょっとー、ヒトを危険人物みたいに言って……」

「実際怪しいだろーが! さっきからイツルのこと……」

 ぐだぐだと応酬を始める大人二人に、子供四人が溜め息をついた。早く帰りたい。

「……というか、アスマ先生……苦しいです……」

 切実な私の声は、男性二人の会話の狭間に吸い込まれて、消えた。

疲労と憂鬱の仕事帰り
[*back] | [go#]