【猿飛アスマ】


「紬イツル……か」

 資料を眺めながら呟く。それから深く煙草を吸い込んで、煙を吐き出した。

「どうしたのよ。ボーっとして」

 ふと気配が近づいてきて、横から声がかかった。顔を向ければ、予想通り紅がいた。オレが持っている資料を不思議そうに見ている。上忍なだけあって、無遠慮に覗き込んでは来ない。

「何か重大な任務でも受けたの?」

「いや。今日のサバイバル演習を思い返してただけだ」

「? 合格させたって聞いたけど……不安要素でもあった?」

「……まあ、ある意味不安になったな」

 奔放すぎる生徒たちを想起する。思い思い好き勝手なことをしているやつら。それでいて妙なところで団結する。これから先ちゃんとまとめていけるのか、不安だ。

「どんな子たちなの?」

「……一言ずつで表すなら、いやしい、男勝り、めんどくさがり、……不思議、だな」

「不思議?」

「こいつのことだ」

 わけが分からないという顔をする紅に、手に持った資料をひらりと振る。それを見て、紅は「ああ」と納得した。

「アスマのことを、髭で煙草の厳ついもっさり熊男って言った子ね」

「そこまでは言ってなかっただろ。なに勝手に付け足してんだ」

「私じゃないわよ。うちの班員の一人がそう言ってたのよ」

 誰だそれは。思わず問い詰めそうになったが、さすがに自制した。聞いたところでどうしようもない。ただオレが虚しくなるだけだ。

 つーかなんだ。髭を剃れって言ってんのか。煙草やめろって言ってんのか。もっさり……毛深い、のか? 暑苦しいのか? いや男だし、べつに悪くねぇと思うんだが。あのガイよりはずっとマシだろ。カカシほどあっさりはしてねぇけど。いやつまり中間ってことで。

 悶々と悩んでいたオレだが、不意に紅と目が合ったので思考を打ち切った。なんか同情されてるような感じがした。そんなことはないと信じ切れないのは何故だろう。

「……それで、このイツルがどうかしたの?」

 紅がそっとオレから目を離して、話をイツルに戻した。目を逸らしたというか、イツルの資料に目を向けただけ。そこに他意はないはずだ。疑ってしまうのは、忍の性〔さが〕か、はたまた別物か。……いやそれは今どうでもいい。

「パッと見た感じ、とくに問題なさそうだったけど。やけに綺麗で、物静かで、どことなくふわふわしたような印象の」

「……パッと見ならな」

 その第一印象はオレだって持った。あのフブキさんに瓜二つの容姿。発言の機会がなければ、黙って静かに周りを眺めている。無表情だが、硬い冷たい感じではなく、どちらかというと柔らかく穏やかな雰囲気。そこは母親にも父親にも似ていない。

 ひっそりと部屋の片隅にでも置いてある人形のような。そんな第一印象だった。

「けど、口開いて動き出すと、また印象が変わるんだよ」

 意外と、よく喋るし表情が変わる。不思議そうな顔をすれば、何やら考え込む素振りも見せるし、ふわふわ笑う。ただ、読めないというか、掴めないというか。

「予測不能、だな」

 今日の演習を思い出す。あの見た目で近距離タイプの武闘派だとは思わなかった。自分の身長より長い棍を振るって、蹴りを放って。あの細い身体のどこから速度と力が出てくるのか。正直ちょっと驚嘆した。

 てっきり術と戦略を駆使する頭脳派かと思っていた。実際そういう面も見受けられたが、基本的には「頭で考えるより先に身体が動く」タイプらしい。接近戦では、それがとくに顕著だ。

 攻撃をして、避けられるとすぐ攻撃に入る。間髪入れず、流れるように。あらかじめオレの動きを予測して動いているというより、オレの動きや状況を見てから対処しにかかっているという感じだ。

 ほとんど脊髄反射に近い。五感から情報を得てすぐ行動に直行する。通常の人間のような、状況把握・判断・実行といったプロセスを、イツルは用いていないようだ。たぶん本人も、動きながら自分の行動を把握している。

「さすがミカゲさんの子っつーか……」

 煙草をくわえる口の力を強めて、がしがしと後頭部を掻く。頭に思い浮かぶのは、はるか前方に立つ黒い背中。影にすら触れられない、圧倒的な孤高の存在。オレが誰より尊敬し、恐れてやまない人。

 あの人も「頭で考える」ということをしない人だ。何も考えずに身体を動かし、殺戮をする人。血を求めて、返り血を浴びて生き長らえるような人。非力な一般人には手を出さないが、たぶん「弱すぎてつまらないから」とか、そういう理由だろう。

「……冷静に、あの血が入ってると思うと、背筋が凍るな」

「……ご愁傷様」

 遠い目をするオレに、紅が目を向けてきた。同情されている。今度は確信した。気を紛らわすように、黙々と煙草をふかす。

「……まあ、普通に面倒見てやるだけか」

 ふっと身体の力を抜いて、煙を吐き出す。誰の子だろうと、子供は子供だ。守り教え育んでいくべき存在。

 気が楽になったオレを見て、紅が微笑む。そして自分の生徒たち……主に、妙な火遁もどきの術を使う男子生徒について、いろいろ語ってくれた。

(……今年の新人〔ルーキー〕は癖が強いな)

 心から、しみじみと思った。

第一と第二の印象
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