「……“影真似の術”成功!」

 シカマルが、少し離れたところで、口元に笑みを浮かべていた。それを見て、私は身体の力を抜く。

 チリンと音がした。白銀が私の足元にトコトコやってくる。その口に、先生の腰から下がっていた鈴を三つまとめてくわえて。

「ありがとう、白銀」

 しゃがんだ私は、鈴を受け取って、シカマルへと投げる。シカマルは術を解いて、それを受け取った。地味にかっこいい仕草だ。

「やったぁ、鈴ゲットォ!」
「あー、疲れたー」

 いのが歓声を上げて、チョウジがホッと息をつく。私のほうに寄ってくる二人。私は棍を折り畳んで仕舞った。シカマルも歩いてくる。先生は溜め息をついた。

「ったく。たいしたチームワークだな……。いったいどうやった?」

「オレらがそれぞれ持ってる力を、上手く組み合わせただけだ」

 よっこらせと地面に腰を下ろしたシカマルが言った。「シカマル、ホントにジジくさい」「うっせーな」いのとシカマルが言い合い始める。仕方ないので、私が説明することにした。

「先生の周りに結界を張ってたんですけど、気づいてましたか?」

「……いつからだ?」

「ずっと前……先生が私に出くわしたときからですね」

 そもそもの作戦の始まりは、いのとチョウジが木に括りつけられているのを私が見たときだ。これはまずいと思った私は、白銀にシカマルの捜索を頼んだのだ。鈴を取るための作戦を考えてくれ、という旨を記したメモを持たせて。

「先生を中心にした、半径十メートルくらいの結界です。それに与えた性質は、『外部にいる人間が発する情報を、術者以外の内部のものに感知させない』というものでした。……あ。情報っていうのは、声とか動きとか、気配のことですね」

 風や動物など、そういうものの情報は、敢えて感知できるようにした。それらまで断ってしまうと、逆に怪しまれるから。そして私自身は、その結界から出ないよう気をつけた。なぜなら。

「……イツルの気配が分からなくなると、オレが仕掛けの存在に気づくからか」

「はい」

 目の前にある人間が、自分から遠のいた瞬間に、まったく気配を感じさせなくなる。……そんなの、いくら馬鹿でも、何かあると感づく。

「けっこう大変でしたよ? 結界の外の様子を探りながら、先生の注意を引きつけるの。シカマルたち、全然来ないし」

「悪かったな……チョウジたちを縛ってる縄が、思ってたよりキツかったんだよ」

「シカマルが不器用なだけよ」

「はぁ? 元はと言えば、お前らが捕まったのが……」

「シカマルに助けてもらったボクらは、急いでシカマルと作戦を立てて、イツルのとこに向かったんだ」

「チョウジが突撃してくる気配を感じて、それに合わせて結界の範囲を縮めました。チョウジが結界のなかに入っちゃうとまずいので」

「何よ! シカマルなんて、のらくら逃げ回ってただけじゃない!」

「うっせーな、仲良く捕まるよりマシだろーが」

「ボクの“肉弾戦車”で先生の意表を突いて、いのが先回りしてイツルと追い打ちをかける間に、シカマルが“影真似の術”で先生を止めるっていうのが作戦でね」

「それから、時間稼ぎとネタバレ防止のために、先生に接近したんです」

「とりあえず、同時に好き勝手しゃべんのやめてくれねぇか?」

 思い思いの話をする私たちに、先生が言い放った。途端、ぴたっと静かになる私たち。先生は溜め息をついて、がしがし頭を掻いた。

「あー……、まあ、なんとなく分かった。だが、一つ二つ確認してぇことがある」

「先生ってば細かーい」

「まず、その作戦ってのを、イツルはいつ知った? シカマルたちと話す時間なんてなかっただろ」

 いのの呟きをあっさり無視した先生。その視線を受けて、私は首を傾げた。

「知ったも何も……行き当たりばったりでしたけど」

「……は?」

「とりあえずチョウジが来たから対応しました。そもそも囮になってるつもりでしたし。あとは、いのとも適当に息を合わせて、最後は、まぁ……まだ来てないシカマルが何かするんだろうなって、ぼんやり思ってました」

 強いて言うなら、ノリと勘で動いて、なんとなくの勢いで乗り切った感じですかね。私がそう言うと、先生は空を仰いだ。大きな手で目元を覆っている。なにゆえ。解せない私の横で、いのが溜め息をついた。なんともわざとらしい仕草で。

「そんな『ノリと勘』だけでやってのけるの、イツルくらいよ」

「……そう?」

 他の人の意見を求めようと振り返る。だけど、チョウジはポテートを食べ出してて、シカマルは欠伸をしてる。白銀は……シカマルの頭に乗って、あの一つ結びの髪で遊んでいた。気に入ったんだろうか。

「……ところでチョウジ、手は洗わなくていいの?」

「ツッコミどころはそこじゃない!」

「つか、早く帰ろうぜ。寝てぇ」

「帰りに何か食べて行こうよ」

「待てお前ら。まだ解散じゃねぇぞ」

 だらだら動き出した私たちを、先生が引き止める。いのが嫌そうな顔をした。シカマルも眉間に皺を寄せる。あ。これはいつもと変わらないか。

「まだあるのー? 先生、早くしてよ。私シャワー浴びたいんだから」

「バカ、まだ合否判定してねぇだろーが。鈴はどうした、鈴」

 誰がもらうんだ、と先生。私たちは顔を見合わせた。すっかり忘れてた。

「そういえば、一人一つだっけ」

 いのが呟いた。作戦を立てたときに考えたのかと思いきや、保留にしてたらしい。捕らぬ狸の皮算用はすべきでないってことですね。決して忘れていたわけではないと。なるほど分かります。

「ほら、さっさと決めろ」

 ずずーんと見下ろしてくる先生。シカマルがお馴染みの口癖を呟いた。いのとチョウジが目だけで相談をしている。誰かが話し出すのを少し待ったあと、私は首を傾げた。

「ジャンケンでよくない? 運も実力って言うし」

 それか、いっそ全員で落ちてみる? そう言った私に、先生が頭を抱えた、らしい。後日談。情報源、いの。

 そのあと、みんな不合格ということで合意した私たち四人を、先生が全力で止めて、晴れて全員合格となったのでした。

緊張と安堵の演習(2)
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