標的の上方に大きく跳躍して、振りかぶった武器を勢いよく振り下ろす。標的は後方に軽く跳躍することで、私の攻撃を回避した。 棍が上手く地面に突き刺さる。固定した棍を持つ腕で身体を支え、間髪入れずに蹴りを放つ。左斜め上に向けて半円を描くように。それも避けられて、今度は右足を振り下ろす。動きの流れと勢いを殺さないように、できるだけ自然に。いわゆる踵落とし。 「……っ」 私を捕まえようとしていた標的は、目を剥いて私から離れた。おかげで私の踵は空を切る。反動で、棍を軸に回転する私。そのまま棍を伝って地面へと降り立つ。どさくさに紛れて、サンダルに仕込んでる針を数本投げておきながら。 ちなみに、先程から「棍」と言っているのは、上端も下端も石突きになっている槍。……分かりにくい。穂がない槍みたいなもの、とでも思ってください。ちなみに鋼鉄製。 「……意外とやるなぁ、イツル」 相手を見据えたまま、無言で地面から棍を抜いて構える。そんな私に、針を弾いた先生はニッと笑った。 今の状況を簡単に説明。先生である熊男さんと戦ってます。つまり、サバイバル演習……鈴取り合戦の真っ最中というわけです。 合格の条件は、一人一つ先生から鈴を奪うこと。ただし、肝心の鈴の数はぜんぶで三つ。先生曰く、四人一組だとは思わなくて用意できていなかったらしい。いや、人数くらい事前に把握しとけよ。そんなツッコミが入った。シカマルから。 いつでもどこからでもかかってこい。そう言って先生は、私たち四人を相手に戦っている。というか、私たちをあしらってる。軽々と。 言っておくけど、うちの班に直情型の人間はいない。みんな闇雲に先生に向かっていきはしなかった。けれど、これは「隠れん坊」や「鬼ごっこ」でもあるとのこと。下手に隠れて様子を窺っていたメンバーは、先生に捕まえられてしまった。 いのとチョウジは、森のなかで見かけた。樹に括りつけられていた。私と先生は、その森のすぐ横にある空き地っぽいところで対面中。シカマルの所在地は、不明。 (実はとっくに捕まってた、とかいうオチだったらイヤだなぁ……) 「余裕そうだな、イツル」 突然、背後から声がした。同時に、僅かだけど、風を切る音。私が振り返る前に、バチッ!と音がした。 「……紬の結界か」 先生が呟いた。その目は、私を……正確には、私を取り巻くように形成されている結界を見下ろしている。見えてないだろうけど。拳が食い止められてるところから、どこに結界が張られてるのか推測してるようだ。 「さすが“鉄壁の防御”だな……けっこう力入れてんのに、小ゆるぎもしねぇ」 ぐぐ……、先生の拳がますます固く握られていく。先生の腕も小さく震え出す。私はちょっとだけ焦った。 今、私の身体の周りにある結界。これは咄嗟に、つまり本能的に形成したもの。明確で具体的な意図がない。ゆえに、充分な効果を発揮しない。一応、結構な防御力を持ってはいるけど。不意打ちという、攻撃の全貌も威力も分からないものに、一時的とは言えしっかり対処するものだから。 だけど、持続力に限りがある。それに、デフォルトの耐久力を超える力で攻撃されたら、普通に破れてしまう。……意図を加えて補強すれば、その問題も解決するけど。 「……」 じわじわと、先生の拳が見えない壁に押し返され始める。それを見て、先生は口元に笑みを浮かべた。 「防御に徹してても、オレには勝てねーぞ?」 「……分かってます」 言うと同時に、私は先生に襲いかかった……先生の背後から。先生は少し驚いたようだったけど、サッと横に避けた。私の棍が、今の今まで先生と対峙していた“私”にぶつかる。すると“私”は、結界ごと音もなく掻き消えた。 「……囮か」 先生が感心したように呟いた。一方の私は、棍が地面に激突した反動を利用して、先生から距離を取った。あまり意味はないだろうけど。相手は上忍だし。 「イツル、今のはどうやったんだ? 幻術にしちゃ、やけにリアルだったが」 私の注意深い視線を受け流して、先生が聞いてくる。囮の仕組みが気になるらしい。ずいぶんと余裕そうだ。それも道理だ。私のほうが格下なんだから。 注意深く辺りの気配を探りながら、私は口を開いた。 「……とっさに結界で防御したあと、べつの場所に新しく結界を創ったんです。それから、先生が対峙してた結界のなかに『私の分身として動く、質量ある実体を持った結界』を形成しました。そして『内部にある存在を感知させない』新しい結界のなかに自分を転移させて、」「時機を見て、オレの隙を突いたってわけか」 「理解が早くて助かります」 軽く微笑んでみた私。先生も、私の心情を知ってか知らずか、穏やかに笑う。 「すげぇな、イツル。そんなことまでできんのか」 「……結界のなかなら、基本なんだってできます」 たぶん。という部分は、口に出さずにおいた。本気で「完全無欠」「最強無敵」とか思ってたら、イタい。自信過剰というか、盲目というか。一歩間違えたら、勘違いしてる馬鹿じゃないですか。 よく「紬の結界は、術者が意図しない限り、術者以外の人間には絶対に感知されない」と、親戚たちが言っているのを聞く。けど、さすがに“写輪眼”とか“白眼”には看破されるんじゃないかって、私は思ってる。 ……いや。でも、意外と対抗できるかもしれない……。結界に『いかなるものにも絶対に看破されない』とかいう性質を持たせたら。すごくチャクラ消費しそうだけど。 「……まぁいっか。とりあえず、今は目の前のことに集中しようかな」 「………(何考えてたんだ、こいつ……)」 先生が、何とも言えない表情で私を見てきた。けど、気にせずに棍を構える。それから、もう一度辺りの気配を探ってから、足の裏にチャクラを集中させて、駆け出した。一気に先生へと詰め寄って、棍を薙ぎ払う。それからすぐ、造作もなく避けた先生から距離を取る。攻撃を食らわないために。 予想通り、風を切る音がした。 「っ?!!」 ゴオッと勢いよく、丸い塊が先生に特攻を仕掛けた。チョウジの“肉弾戦車”だ。先生が目を剥いて跳躍する。その着地点に、いのがクナイを投げつけた。 「っと!」 さすが上忍。空中で身体をよじってタイミングをずらし、さらに跳ぶ。地面に足をつけた先生目掛けて、私が駆けていき、棍を振るう。いのも“心転身の術”の印を組んだ。 「“心転、」「させるか!」 先生が手裏剣を投げた。いののところへと、真っ直ぐ飛んでいく。いのは慌てて避けた。一瞬そちらに意識を持っていかれた私。その隙を突いて、棍がクナイで受け止められる。先生は、空いている片手を私へと伸ばして……唐突に、動きを止めた。 →(2) |