故郷に帰ってきてから、数年が経過。十二歳になった私は、忍者学校〔アカデミー〕を卒業しようとしていた。途中経過はいろいろぶっ飛ばしました。話してたらキリがないので。 強いて言うなら、この数年間、家で修行をがんばりつつ、学校へ通ってました。修行は主に神庫さんが稽古をつけてくれました。あと、樋代さんが。ちなみに樋代さんは、私の従兄だそうです。御影さんの姉の息子さんだとか。紬の天才って言われてます。 学校では、上手く調整して飛び級しました。将軍と同じ年に卒業できるように。そして実現しました。私すごい。 あとは、友人が何人かできました。たまたま出会ったり、友人を通したりして。将軍を通してというパターンは、一度だけだ。黒髪ツンツン頭の、性格までツンツンした美少年を、軽く紹介してもらった。アホっぽくてヘタレで妙に変なオタクに、よくこんな友人ができたな……。そう驚いたのも、もう昔の話だ。 「……なんかいま、魔王様から妙な電波を発された気がする」 ぱらぱらと漫画を読み進めていた将軍が、不意に顔を上げて呟いた。私を含めて、誰もレスポンスを返さない。パリパリ、チョウジがスナック菓子を頬張る音だけが響く。 「え、何この空気。無視? みんなオレの存在スルーしてんの? 泣くよオレ」 「んなことで泣くなよ、めんどくせーな」 「安心しろ、シカマル。ああ言っているが、山吹は泣きはしない。なぜなら、あのセリフは、オレたちの気を引くために言っているだけだからだ」 「余計めんどくせーよ」 「お前ら、オレの扱いひどくねぇ?」 ぽんぽん、妙な調子で会話が進む。シカマルとシノの組み合わせは不思議だと思う。性格が合わないように見えて、妙に波長が合う。特に、将軍を相手にしているときは。 「イツル〜」 三人の会話をBGMに読書をしていると、名前を呼ばれた。いのだ。声で分かる。顔を上げて視線を向ける。女子グループから外れて、いのが歩いてくるのが見えた。 「アンタもうすぐ順番回ってくるわよ。準備しといたら?」 「分かった。ありがとう、いの」 「べつにこれくらい……、イツル。髪に糸くずがついてるわよ」 え、と振り返る私の髪に、いのが触れた。静かにふわりと糸くずを取ってくれる。それから、それを床に捨てて、私を見下ろす。 「アンタね、もう少し身なりに気を使いなさいよ。まず服装。なんでジャージなのよ?」 「はぁ? オレのコーディネートに文句とか。おっまえ、分かってねぇなあ!」 私が口を開く前に、将軍が割って入った。妙に喧嘩腰だ。なにゆえ。私が瞬く前で、いのが眦〔まなじり〕を吊り上げた。 「分かってないのは山吹よ! イツルにジャージ着せるとか、バカじゃないの?!」 「バカじゃねぇしバカ! ちゃんと見ろ! この真っ黒でシンプルなデザイン! 黒を基調にすることで肌の白を強調し! シンプルゆえに、それを着こなす魔王様の素材の良さを引き立てる! 素晴らしいだろ!!」 「どこがよ?! 一回り大きくて、腕の袖とか足の裾とかまくってんじゃない! せっかくイツルは身体が細くてラインも綺麗なのに、もったいない!」 「バカ! そのアンバランスさがイイんだよ!! ガッツリ見せるより、慎ましやかに隠しつつチラッと見せるのがイイんだよ!! ぶかぶかの服から覗く白くて細い手足が、程よく想像力を掻き立て、」「変態かぁああ!!!」 バキィッ!! 凄まじい音を立てて、いのが将軍を殴った。渾身の力を食らい、将軍が吹っ飛んだ。最近、いのの(瞬間的な)怪力がすごい。シカマル曰く、将軍に会ってから力が強くなっているらしい。めきめきと。現在進行形で。 「……イツル。おまえ、あんなのと一緒にいて疲れねぇの?」 「んー……将軍のあれは通常運行だから」 こそこそとシカマルが耳打ちしてきた。小声なのは、下手に注意を向けられないようにだろうか。シカマルも、たまにだけど、いのに殴られてるから。教科書で。 「あ……あの、イツルちゃん……」 「? なぁに、ヒナタ」 ふと名前を呼ばれて振り返る。私の横に来ていたヒナタと目が合った。私をじっと見ていたヒナタは、なぜかパッと顔を赤くした。 「あ、あの……もう、イツルちゃんの番だから……」 「……あぁ」 そういえば、順番が近づいている旨を、いのが知らせてくれていた。すっかり失念してた。いのに申し訳ない。あとで謝っておこう。いまはだめ。ピリピリしてるから。将軍との喧嘩では勝利を収めたみたいだけど、機嫌が悪い。将軍が足蹴にされてる。 将軍って、いつも(気の強い)女性に頭が上がってないよね。そんな風に思いながら、ヒナタにお礼を言って立ち上がる。ちょうどそこで、目の前に一枚のポテートが差し出された。チョウジだ。 「がんばってね、イツル。これ、ボクからの餞別」 「チョウジ、餞別って言葉の使い方まちがってるぞ」 「うるさい山吹。しゃべんな」 「ひどくねぇ?」 にこにこ笑うチョウジに、将軍がツッコミを入れた。いちいち細かい。いのが将軍を見下ろす。威圧的な目で。そして、ぶつぶつ小言を言う将軍を蹴る。私は二人を無視して、チョウジからポテートを受け取った。 「ありがとう、チョウジ。いま食べるよ」 「スルー? スルーですか魔王様。オレを助けてはくれないんですか。その綺麗な微笑みはチョウジ専用ですか」 妙な視線を送ってくる将軍は、全面的に無視。チョウジのほうが重要だ。なにせ、あの「食」にこだわるチョウジが、私にポテートを一枚差し出してくれたのだから。 →(2) |