【伊吹山吹】


「生存率を高めるには、どうしたらいいと思う?」

 そう簡単に、みすみす死にたくない。そう思ってのオレのセリフに、魔王様は、ぱちぱち瞬きをしたあと、こう言った。

「……強くなればいいんじゃない?」

 ひどくシンプルな返答に、オレはしばらく沈黙した。というのが、いまの状況の発端だ。

「“烈波〔れっぱ〕”!」

 ヒュッと風を切って、魔王様が手を突き出した。その掌から衝撃波(正体は溜め込んで爆発させたチャクラ)が放たれて、人形に直撃する。人形が四、五メートルくらい吹っ飛んで、地面に落ち、ぼろっと崩れた。

「さすが魔王様、もう完璧じゃん」

 笑顔で褒めつつ、オレも人形に“烈波”を放つ。しかし、オレの相手はせいぜい三メートルくらいしか吹っ飛ばなかった。

「……将軍も、ちゃんとできてるね」

「威力が全然ないんだけど」

「あれだけ飛ばせれば充分じゃない?」

「全然! だって魔王様より劣ってんじゃん!」

「仕方ないよ。人には向き不向きがあるから」

「そこはお世辞でも否定して! 笑顔でざっくり肯定するのやめて!」

 ふわっと笑う魔王様。しかしセリフはなかなかに残酷。さらっと「私は向いてるけど君は向いてないんだよ」発言。天使の皮を被った悪魔だ。いや本人にそんなつもりはないんだけど。だからこそ、ぐさっとくる。

「……将軍は、力を瞬間的に爆発させるのが苦手だからね」

 魔王様が冷静に言った。その通りである。オレは「じわじわじっくり」タイプであって、「シュバッドカンッ」タイプじゃない。つまり“烈波”はオレの苦手分野の術。

 そもそも、伊吹という一族はあまり忍術を使わない。自分で形成したり創生したりしたものを使役して戦う一族だ。だから、何かオレだけの武器(生物兵器を含めて)をつくらなきゃいけないんだけど。

 ……正直、ほかの人が使ってるものがありすぎて、何も新しく思い浮かばない。

「うー、あー」

「……将軍、うるさい」

 ゴロゴロ地面を転がり回る。魔王様が呆れたように息をついた。さくさくと歩いてきて、オレのそばに座り込む。そして、どこからか鉛筆とノートを取り出した。オレは転がるのをやめ、魔王様に匍匐前進でにじり寄る。魔王様が一瞬、気味悪そうな目でオレを見た。いや、たぶん気のせい。そう信じながら、ノートを覗き込む。

「なに? なんか新しい術のアイディア思い浮かんだのか?」

「……一応ね。チャクラを無数の針状に“形態変化”させて、それで対象を貫くのはどうかと思って」

 鋭く細く大量な形状にすれば、敵も回避が困難になる。武器や足場を通して間接的に攻撃すれば、カウンターを食らうリスクも回避できる。風か雷に“性質変化”させれば威力も上がる。……などと語る魔王様に、オレはなんとも言えない気持ちになった。

(えげつねぇ……)

 ふわふわした笑顔にうっかり流されそうになるが、よくよく聞けば、なかなかやばい術。難易度が高いとか、そういう意味じゃなくて。つか、たとえ難易度が最高ランクでも、魔王様なら会得するに違いない。異常なほど器用なんだもん。『昔』から。

 一人で思考を完結させたのか、さっそくチャクラを練り出す魔王様から、オレはそっと視線を外した。


 魔王様と『再会』してから、一年半ちょっと。ほどほどの距離感で仲良くしている。いきなりベッタベタに仲良くなったら怪しまれるからな。

 子供らしく遊びつつ、時折一緒に修行。いまは修行中。修行って何するか? 忍術や体術を文献で調べたり、練習したり、開発したり、会得したり、だいたいそんなとこ。開発はアカデミー生がすることじゃねぇ? ごめん知ってるけど。だから何。な状態。

 だいたい既存の術をベースにしてアレンジする。もしくは、魔王様が発案して形にする。あるいは、オレが提案して魔王様が形にする。そうして出来上がったものを練習して会得する。

 オレはあんまり関与してない。……すいません。いやだって向いてねぇんだもん。先述の通り。それ以前に、自分で作るとかできない。教えられればできるけど。あれだ。初めて見た問題が解けないタイプ。解き方を覚えないと解けないやつ。

 逆に魔王様は、型通りの解き方とやらが嫌いな人だ。嫌いっていうか、めんどくさがる人。いつも自己流の考え方でパッと答えを出す。それが超感覚的の直観的で、理解と証明に困るものなんだけど。それでも答えが合っているという不思議。

 じっくり分析して理解するというより、さっくり一見して納得するって感じ。そのせいなのか、一度つまずくと歩き出すまでが長いんだけど。

 この間ちらっと聞いた話だが、魔王様は八歳くらいまで忍術も幻術も使えなかったらしい。長すぎる。長すぎるよ魔王様。八年も立ち止まったままとか、むしろよく諦めなかったな。逆に尊敬する。

 結界能力は、一族の中ですら使用者が限られる“血継限界”だから仕方ないとして。けど、チャクラコントロールして印覚えれば簡単に使える忍術くらい使おうぜ。使えない理由ささっと分析しようよ。そう言ってやりたかった。言わなかったけど。

「……あ」

 ふと魔王様が呟いた。どうした何事だと目を向けて、オレは瞬いた。オレ特製の土人形が、ボロボロと崩れ去っていくところだった。

「……成功、した」

「………マジで」

 ぱちぱち瞬きをして、しげしげと人形、それから自分の手を見る魔王様。地味に驚いてる様子。いやオレもビックリなんですけど。ちょっと考え事してる間に何してんのって感じ。完成すんの早すぎだろ。

 もう一回やってみる。そう言って、魔王様が別の土人形に手を当てる。きゅっと魔王様が真剣な表情をした瞬間、またもや土人形が崩れ落ちた。何か、鋭い針状の衝撃が、その身体を貫いたのを、オレはしっかり見た。

「……できた……」

 魔王様がほっと頬を緩める。どうしよう天使が舞い降りた。いま一瞬マジでそう思った。『前』からそうだけど、魔王様の笑顔は破壊力が半端ない。あの笑みだけで世界が狙えるんじゃないかと思う。黒い笑顔も含めたら、宇宙すらも征服できるだろう。

(……いや、そうじゃなくて)

 はたと我に返ったオレは、頭を振って雑念を頭のなかから追い出した。思考が脇道に逸れかけた。やっぱり魔王様の(本人無自覚な)微笑み危ない。

(……ショックだ)

 何がって、魔王様が新しい技を手に入れたのが。これでまた遠くなった。一歩どころか、一気に数歩くらい。やっべぇマジでへこむ。泣きたい。

 うあああ、と呻く。そしたら何かに頭をはたかれた。痛い。誰だと顔を上げて振り返れば、そこにいたのは白銀。じろりと「うるせぇんだよ」という目でオレを睨んで、ふいっと顔を背ける。どうしようもっと泣きたくなった。

 なんでこいつこんなにオレに懐かないの。ツンデレかよ。復活の嵐属性の山猫かよ。あいつも自称右腕に生意気だった………。

「ああああっ!!!」

 バッと起き上がったオレ。白銀と魔王様がビクッとしたが、悪いけど放置。いまオレの頭のなかで「あること」が閃いた。豆電球が点灯した感じ。古いわ。いやそれはいい。

「魔王様!」

「……なに?」

「オレ、死ぬ気の炎を創生する! で、それ使って戦う!」

 あれだったら、原理とか知ってるからしっかりイメージできる。使える。それに、この世界では未知の技だ。一目で看破されることもカブることもない。しかもカッコいいし。うわ、どうしよう。めっちゃやる気出てきた。

 せっかくだし匣兵器も作ろう。完全にパクるのはやばいから、少しアレンジ加えて。ハリネズミとカンガルーは外せない。さて何を材料にしようか。一方は鉱物か金属、もう一方はバネと、土か粘土が妥当か?

 あれこれ頭のなかで思案するオレを、ぱちくりじっと見つめて、魔王様が言った。

「……それ、もはや忍術じゃない」

「……知ってるし」

 それでもいいんだよ。使いたいんだよ。だからいいだろ。ふてくされたように言うオレに、魔王様が「……好きにすれば」と息をついた。

既存と創作の忍術会得
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