| 「秘密の部屋」にはトム・リドルがいた。
ジニーに駆け寄るハリーたちに、リドルは、彼女が目を覚ますことはないと静かに告げた。ハリーは絶望的になったが、リンがきっぱりと否定した。
「縁起の悪いこと言わないで。まだ生きてる」
「まだ、ね……しかし、かろうじてだ」
リドルは薄く笑った。いつの間にか、ハリーが投げ捨てた杖を手にしている。それをポケットにしまい込み、リドルは静かにハリーを見つめている。リンがジニーに自分のローブをかけたあと、口を開いた。
「……君は“なに”?」
「記憶だよ。日記のなかに五十年間残されていた記憶だ」
リドルが事もなげに答えた。一瞬だけリンに視線を向け、またハリーに戻す。視線を受けたハリーは、ゆっくりと切り出した。
「ジニーはどうしてこうなったの?」
「そう、それはおもしろい質問だ」
愛想よく微笑んで、リドルは語り始めた。
ジニーがリドルの日記に悩みや心配事を書き込み、同情して親切に返事をくれる彼に夢中になったこと。ジニーがリドルに打ち明けた、心の深層の恐れや暗い秘密を餌食にして、リドルが強くなっていったこと。
その後、リドルが自分の魂をジニーに注ぎ、彼女を操り出したこと。ジニーにハリーのことを聞いて大いに興味を持ち、会いたいと思っていたこと。そして、新しく狙いをハリーに定めたこと。
「 ――― ハリー・ポッターよ……不世出の偉大な魔法使いヴォルデモートは、僕の過去であり、現在であり。未来なのだ……」
リドルは貪〔むさぼ〕るようにハリーを見つめて、衝撃的な事実を明かした。
母方の血筋にかのサラザール・スリザリンの血が流れているというこの少年が、マグルの父親の姓名を嫌って名を変え、大人になって、ハリーの両親たちを殺したのだと。
「……違うな」
静かに、だが万感の憎しみを込めて、ハリーは静かに呟いた。握り締めた手の平に爪が食い込む。
「世界一偉大な魔法使いは君じゃない ――― それはアルバス・ダンブルドアだ! 君は昔も今も、ダンブルドアを恐れている!」
「ダンブルドアは、僕の記憶に過ぎないものによって追放された!」
「……それはどうかな」
静かに切り返すリンに、リドルが絡みつくような視線を向けた。その視線を受け流して、リンは挑発的に笑ってみせた。
「君がそう思い込んでいるだけかもね」
「事実だ。ダンブルドアはこの城からいなくなった!」
「ダンブルドアは、君の思っているほど遠くに行ってはいないぞ!」
ハリーが叫ぶ。リドルは口を開きかけたが、不意にその顔が凍りついた。
どこからともなく、音楽が聞こえてきた ――― 妖しい、この世のものとは思えない旋律だった。
すぐそばの柱の頂上から炎が燃え上がり、真紅の鳥が姿を現した。金色の尾羽を輝かせ、眩い金色の爪にボロボロの包みを掴んでいる。それをハリーの足元に落としたあと、鳥はリンの肩に止まり、リンの頬に体を寄せた。
「不死鳥だな……」
リドルが鋭く目を細めて低く呟いた。ハリーは、リンにすり寄りつつリドルを見据えている不死鳥を見た。
「フォークスかい?」
金色の嘴が応えるようにカチカチ鳴る。それを放置して、リドルはフォークスの落としたボロに目をやった。
「そして、それは ――― 『組分け帽子』だ」
リドルの言う通りだった。フォークスが落とした帽子は、床の上で動かない。ハリーは、フォークスや「組分け帽子」が何の役に立つのか分からなかったが、勇気がたぎってくるのを感じた。
一方リドルは完全に自分の優位を確信したらしく、甲高く笑い始めた。その高笑いが暗い部屋にガンガン反響し、まるで十人のリドルが一度に笑っているようだった。
「 ――― さて、ハリー。少し揉んでやろう……サラザール・スリザリンの継承者ヴォルデモート卿と、ハリー・ポッターと、お手合わせ願おうか」
リドルが口を大きく横に広げた。シューシューという音に呼応して、スリザリンの石像が動き、開かれた口から何かが這い出してきた ――― バジリスクだ。ハリーもリンも目を閉じた。リンの肩からフォークスが飛び立った。
≪あいつを殺せ≫
冷たい、しかし興奮しているようにも聞こえる声で、リドルが言った。
→ (2)
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