マダム・ポンフリーは三人をなかに入れたが、渋々だった。

「石になった人に話しかけても、なんにもならないでしょう」

 三人はまったくだと思った。マクゴナガル先生は、そこまで頭が回らなかったのだろうか……。その疑問は捨て置き、ハリーたちは、マダム・ポンフリーの事務室から一番離れたハーマイオニーのベッドへ近づいた。

「 ――― それで、何か分かったの?」

 マダム・ポンフリーが引っ込んだのを確認して、ハリーがリンに尋ねた。リンは鞄を開けて、一枚の羊皮紙を取り出した。

「一応、私なりに推理してみたんだ……一心に逃げ出して、その名前を口にするのさえ拒む蜘蛛。殺されたハグリッドの雄鶏 ――― そして何より、スリザリンの類稀なる能力と寮のシンボル……何もかも辻褄が合うものが、一つ見つかったんだ」

 口で説明するのは面倒だから、とりあえず読んで。そう言ったリンから羊皮紙を受け取り、ハリーとロンは一緒に覗き込んだ。丁寧な筆跡で、長い文章が書いてある。リンが何かを書き写したらしい。




 バジリスク、通称「毒蛇の王」は、多くの怪獣、怪物の中でも最も珍しく、最も破壊的である。この蛇は鶏の卵から生まれ、ヒキガエルの腹の下で孵化される。巨大に成長することがあり、何百年も生き長らえることがある。

 殺しの方法は非常に珍しく、毒牙による殺傷とは別に、バジリスクの一睨みは致命的である。その眼〔まなこ〕からの光線に捕らわれた者は即死する。

 蜘蛛が逃げ出すのはバジリスクが来る前触れである。なぜならバジリスクは蜘蛛の宿命の天敵だからである。バジリスクにとって致命的なのは雄鶏が時をつくる声で、唯一それからは逃げ出す。





「リン! 君 ――― すごいよ!」

 ハリーが声を潜めながらも興奮して言った。

「これだ……『秘密の部屋』の怪物はバジリスク ――― 巨大な毒蛇だ! だから僕があちこちで、ほかの人には聞こえないその声を聞いたんだ。僕は蛇語が分かるから……」

 ハリーはハーマイオニーの傍の机にある手鏡を見た。それから周りのベッドを見回す。

「バジリスクは視線で人を殺す。でも誰も死んではいない ――― 誰も直接目を見ていないからだ」

 まるで、ハリーの頭のなかで誰かが電灯をパチンと点けたようだった。ブツブツ呟きながら、ハリーはもう一度、羊皮紙を食い入るように読んだ。読めば読むほど辻褄が合ってくる。

「……だけど、バジリスクはどうやって城のなかを動き回っていたんだろう? とんでもなく大きな蛇だったら、誰かに見つかりそうじゃないか」

 ロンが呟いた。リンが口を開く前に、ハリーがゆっくりと言った。

「分からないけど……僕はいつも、壁のなかから声が聞こえてた」

「壁のなか? それ、本当に?」

 リンがなぜか嬉しそうに聞き返した。ハリーが戸惑いながらも頷くと、リンは「じゃあ、私の推理は当たりだ」と満足げに微笑んだ。

「パイプだよ。配管。ホグワーツには電気もガスも通ってないけど、水道管だけは壁のなかに巡らせてあるから。水のあるところだったら、どこからでもどこにでも繋がってるんだ」

 それを聞いて、ロンが突然立ち上がり、掠れた声で叫んだ。

「『秘密の部屋』への入口! もしトイレのなかだったら? もし ――― 」

「 ――― 『嘆きのマートル』のトイレだったら!」

 ハリーが続けた。信じられないような話だった。体中を興奮が走り、二人はじっと動かなかった。リンはその様をゆったりと眺めている。なんてマイペースな……ハリーは、頭の片隅で思った。

「これからどうする? まっすぐマクゴナガルのところへ行こうか?」

 目を輝かせたロンが言った。ハリーは弾けるように立ち上がった。パチリと、リンが瞬きして視線を向けてくる。

「職員室へ行こう。あと十分で休憩時間だから、先生が戻ってくるはずだ」

 三人は急いで医務室を出て、真っ直ぐに職員室へ向かった。当然というか、部屋には誰もいなかった。おかげで椅子がたくさん空いていたが、三人とも座る気にはなれず、リンは背筋を伸ばして立ち、ハリーとロンは何度も室内を往復した。

 うろうろ落ち着きのない二人にリンが口を開きかけたときだ。廊下に拡声されたマクゴナガル先生の声が響き渡った。

生徒は全員、それぞれの寮へすぐに戻りなさい。教師は全員、職員室に大至急お集まりください

 ロンが振り返って、ハリーとリンを見た。愕然としている。

「また襲われたのか? いまになって?」

「……どうする? 寮に戻る? あそこにでも隠れて、盗み聞きする?」

 優等生のくせに、リンがとんでもない発言をした。部屋の隅にある洋服掛けを指差している。先生方のマントがぎっしり詰まっていて、なかに三人が隠れても、見つからずに済みそうだ……ハリーは素早く決断した。

「隠れよう。何が起こったのか聞いて、それから僕たちが発見したことを話せばいい」

 三人は素早く洋服掛けのなかに入り込んで、身を潜めた。じっと待っていると、職員室のドアが開き、先生方が次々と部屋に入ってくる。当惑した顔、怯えきった顔……みんな表情はさまざまだ。

 やがて、マクゴナガル先生がやってきた。

「とうとう起こりました……生徒が一人、怪物に連れ去られてしまった……『秘密の部屋』そのもののなかへ」

「なぜそのようにハッキリ言えるのかな?」

 ほかの先生方が悲鳴を上げたりするなか、スネイプが聞いた。マクゴナガル先生が蒼白な顔で答えた。

「スリザリンの継承者が、また伝言を書き残しました。最初に残された文字のすぐ下にです ―――『彼女の白骨は永遠に『秘密の部屋』に横たわるであろう』と」

「いったい、どの子ですか?」

 フリットウィック先生がワッと泣き出した声を背景に、椅子にへたり込んだマダム・フーチが、恐る恐ると聞いた。マクゴナガル先生は一瞬だけ目を閉じ、静かにその人物の名前を吐き出した。

「 ――― ジニー・ウィーズリー」

 ロンが声もなく崩れ落ちるのを、左右にいた二人は感じた。

2-21. 謎解き

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 ハリーとハーマイオニーの手柄を取ってしまって申し訳ない。

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