「マルフォイの性格が悪いのは、周知の事実だ」

 ベティが話を区切ったところで、アーニーがテーブルに身を乗り出した。彼の皿が押しやられ、ミルクの入った瓶に当たる。瓶が倒れそうになったのを、リンが片手を伸ばして阻止した。

「誰でも見下してるけど、マグルを一番軽蔑してる……あいつほどの純血主義者、ほかにいるかい? 僕、あいつがスリザリンの継承者じゃないかと思うんだ」

「君の推理力って、ちょっと短絡的だよね。あまり根拠がない。まぁ、ハリーを疑ったときよりは、今回のほうが多少は筋があるけど」

 味気無いサンドイッチを開いて胡椒を振りかけながら、リンが言った。アーニーの顔が赤くなる。

「あ、あのときは状況が状況だったんだ。こんな状態の学校のなかに、スリザリンのシンボルであるヘビの言葉を話してる奴がいたら、誰だって疑うよ!」

「それは分かるけど……」

 不意にリンの言葉が途切れた。ゆっくりと、リンの顔から表情が消える。彼女の頭のなかでは、目まぐるしい思考の整理がなされていた。まるでバラバラに散らばっていたパズルのピースが一部、一瞬で組み立てられたようだった。

 リンはサンドイッチを持つ手を下ろし、空いている片手で口元を覆った。

「そうか……言葉……それだったら、限定できる……ほとんどが遺伝で、突然変異は稀だから……」

 隣のハンナでさえ聞き取れない音量で呟くリンに、ハンナたちが心配そうに顔を見合わせる。だが、リンはそれに気づかない。思考回路にすべてのエネルギーを注いでいた。

 サラザール・スリザリンは、自身と同じ能力 ――― パーセルタングを持つ者を「継承者」としたのだ。「秘密の部屋」の怪物は「スリザリンの継承者」にしか制御できないというカラクリは、それで説明がつく。訓練もなく無条件に蛇を操ることができるのはパーセルマウスだけだから。

 真の継承者以外は何人も開けることができない「秘密の部屋」 ――― そもそも「部屋」の入口自体を、蛇語でしか開けられないようにしたら? それなら、数多くの学者や研究者たちが探知できなかったことにも合点がいく。

 それに蛇だったら、ひっそりと城の中を徘徊するのは容易い。細長く、そして這うことができるのだ。元から城中に巡らされているもの ――― 水道の配管の中でも移動すれば済む。新しく専用の通路を作るまでもない。ほとんどどこにだって繋がっているのだ。廊下も教室も……最悪、衛生上よくないがトイレにだって出没できる。

 そこまで考えて、リンはより大きく目を見開いた。以前に聞いた情報が二つ、瞬時に頭のなかで再生される ――― アラゴグの「殺された女の子の死体はトイレで発見された」という言葉。それから。

(……マートルは被害者か……!)

 謎に包まれていた彼女の死因が、いまようやく分かった。彼女が言っていた「黄色い目玉が二つ」、あれこそが答えだ。彼女は「秘密の部屋」の怪物を見て死んだのだ。

 少しずつ情報が繋がって、事件の真相が見えてくる。同時にリンは、自分が思い違いをしていたことに気づいた。

 スリザリンの怪物が持っている能力は「石化能力」ではない。石にしただけでは、マグル出身の生徒たちを排除することはできないのだ。今回のように魔法薬などで蘇生されてしまう。恐怖を抱かせて去らせようとか、そんな優しい考えはスリザリンは持っていなかっただろう。

 となると、怪物が持っているのは ――― 人を殺す力だ。相手に外傷を与えず、一瞬で死に至らしめる能力。それで「嘆きのマートル」は死に、ジャスティンたちは石になった。

 マートルとジャスティンたちの運命の違いが何なのか、確証はないが、リンはなんとなくの予想を持っていた。かの有名なギリシャ神話を想起したのだ。

 怪物ゴルゴン姉妹の一人、メデューサ。見る者を石に化す力を持った彼女の目を、英雄ペルセウスが如何に克服したかというと、話は簡単だ。ピカピカの盾にメデューサの姿を映して戦っただけ。要はメデューサの目を直接見なければよかったのだ。

 おそらくスリザリンの怪物にも同じ原理が働いたのだろう。マートルは、不幸にも直〔じか〕に怪物を見てしまったから死んだ。ほかの犠牲者たちは、なんらかの媒体を通して怪物を見たために、効力が薄れて石になるだけで済んだ。

 目に殺しの力を宿すもの。サラザール・スリザリンの世代から現在まで生き存〔ながら〕えることができるもの。蜘蛛にとって脅威となるもの。それから ――― これが関係するとは思っていなかったが、ハグリッドの雄鶏を殺すことを必要とするもの。

 蛇の仲間のうち、それらの条件に当てはまる怪物は、たった一つ。

「やっと分かった……!」

 リンは興奮気味に囁いた。バラバラに与えられていたヒントが、すべて繋がった。「秘密の部屋」の入口も、なかにいる怪物も、おおよその見当がついた。本当にそうなのか確認する必要はあるだろうが。

「私、ちょっとお手洗いと図書館に行って、」

「ダメに決まってんでしょっ!」

 やおら立ち上がったリンに、ベティが怒鳴った。リンの横にいたハンナも、必死に腕にしがみついてくる。リンが目を瞬かせていると、スーザンが身を乗り出してきた。

「あなた、なに考えてるの? この状況で単独行動しようだなんて……そういうことは、もうできないの。危険なのよ」

「もうすぐ教室まで引率してくれる先生が来るしね」

 険しい表情のスーザンの横で、アーニーが教職員テーブルを一瞥しながら言った。む、と詰まるリンに、スーザンが畳み掛ける。

「あなた、この間一人でフラフラして、私たちを冷や冷やさせたこと覚える?」

「私、すっごく心配したんだから」

「……分かったよ」

 ハンナに上目遣いの涙目で見つめられて、リンは折れた。まったく……と溜め息をついて着席するリンに、スーザンがニッコリ笑った。

「それから、リン、サンドイッチ食べかけよ?」

「……これから食べるよ」

 少し大きめの声で言い、リンは、手にしているサンドイッチにかぶりついた。本当にまったくもう! と内心憤然としながら、モグモグと口を動かす。そんなリンを見て、ベティがプククッと笑っていた。

2-20. 考察と推理

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 リンの考察の筋が通っているか、論理が破綻していないか心配。たぶん、無理なく上手く考えられてると思うけれど。

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