(……太古の生き物……石化能力……)

 翌朝、バターロールにバターを塗りながら、リンは考え込んだ。ハンナたちがマジマジとリンを見つめ、互いの顔を見合わせているのには、まったく気づかない。頭のなかは、それより重要なことでいっぱいだった。

(メデューサ……ではないな……)

 昨夜(日付が変わっていたため、厳密には今日だが)得たヒントから、スリザリンの怪物が何なのか推測をしているのだが、なかなか思い当たるものがない。

 いや、断片的に引っかかるものはあるのだが、条件をすべてクリアするものがない。

(……やっぱり、もっと情報を集めて整理しないとだめかな)

 蜘蛛に恐れられる、太古の生き物。誰にも見つからずに城のなかを徘徊することができる。生き物を石にする能力を持ち、死者にも危害を加えられる。そして、制御できるのは「スリザリンの継承者」ただ一人。

 とりあえず分かっている情報を並べてみると、こんな感じだ。

 思考に沈みながら、リンは小首を傾げた。最後の部分に疑問が多い。いったいどうしたら、制御する者を限定できるというのか。操る方法を一族で伝承しているとか、そういうものではない気がする。

「……むずかしいな」

「ええ、まったく。それじゃ食べるのは難しいでしょうね」

 溜め息混じりの独り言に、相槌が返ってきた。パチリと瞬いたリンは、視線を斜め前へと向けた。ベティが、スクランブルエッグをスプーンの上に乗せながら、リンを見ていた。

「そんなにバター塗りたくったバターロール、食べる気する?」

「そんなに、って……、わお」

 何を言い出すんだと思ったリンだったが、手元を見て驚いた。バターにまみれてヌルヌルの、バターロールどころかパンにすら見えない謎の物体が目の前にあった。考え事をしていたため、無意識にバターを塗り続けていたらしい。

 あーあ……と小さく溜め息をついたリンだったが、すぐに仕方ないと呟いて、別のパンに手を伸ばし、それにバターの一部を塗りつけて食べ始めた。バターまみれのパンを捨てることはしない。もったいない精神の表れである。ベティが吹き出した。

「そこまでして食べる? まじめー」

「うるさいな……これだけの理由で捨てたら、作ってくれた人と、バターを作るための乳をくれた牛と、パンのために小麦粉になってくれた小麦に申し訳ないでしょう」

「牛や小麦にまで敬意を払う……日本人すごいわー」

 クックッと笑うベティに苛立って、リンは彼女の足を蹴飛ばしてやった。ベティから痛そうな悲鳴が上がる。リンは無視して、再び新しいパンに手を伸ばした。

「でも、リンがボーっとするなんて珍しいわ」

「何かあったの?」

「悩み事かい?」

 スーザン、ハンナ、アーニーが気遣わしげにリンを見つめてきた。ベティとは大違いの優しさである。リンは緩く首を横に振った。

「たいしたことじゃないよ。ただ、ほら、今日はロックハートの授業かと思って、憂鬱になってただけ」

 ……ああ……。観念に満ちた溜め息が、四人の口から漏れた。ベティの口からはさらに「あの間抜け面」だの「うざったいバカ」だの悪態まで零れている。

 苦笑混じりに三個目のパンを手に取るリンの横で、ハンナが恐々と教員テーブルの方を見た。

「でも、スネイプ先生よりはロックハート先生のほうがまだマシだわ」

「ハンナ、いつもネチネチ言われてるもんね」

 すぐに反応してクスクス笑うベティに、ハンナの頬が染まった。「そうじゃなくて!」と興奮するハンナを、リンが「分かってるよ。それで?」と宥める。ハンナは深く息を吸って、声を落とした。

「……だって、スネイプだけよ? こんな状況で平然としてるの……ほかの先生方はみんな、いろいろと反応してるのに」

「そんなの、スネイプだけじゃないさ」

 アーニーがフォークを皿の上に置いた。そして身体ごとスリザリンのテーブルのほうを振り返り、またリンたちのほうへ向き直って、声を潜めた。いつものことながら大げさな仕草だと、リンは思った。

「スリザリン生は誰も怖がってない。いつも通り ――― むしろ楽しんでる。マルフォイを見てごらんよ」

 ようやくバターたっぷりのバターロールを始末し終えたリンは、口直しにと紅茶を飲みながら、スリザリンのテーブルに視線を向けた。

 ドラコ・マルフォイはちょうど立ち上がったところだった。クラッブとゴイルを従えて歩きながら、彼らに何事か囁いて、クスクス隠しもせず笑っている。たしかに通常運行だ。なんとも自由というか、余裕そうな奴だ。

 別に関係ないからいいけどと自己完結したリンが、カップをテーブルに置いたときだ。リンの皿の上に、二枚重なった食パンが置かれた。ベーコンとスクランブルエッグが挟んである、俗に言うサンドイッチだ。

 リンは微かに眉を寄せて、正面からじっとリンを見つめている友人を見た。

「……スーザン」

「よかったら食べて」

「いや、私もう食べ終わったし」

「あんな小さな、掌サイズのパン四つだけで、お昼まで持つと思ってるの?」

「うん」

「食べなさい」

 ニッコリ微笑んだスーザンに、リンは降参した。この状態のスーザンは逆らうとあとが面倒なのだ。無言でサンドイッチを掴んで咀嚼するリンの横で、ハンナが「スーザンすごい」と呟いた。

 そのハンナの向かい側では、ベティが、長々とマルフォイの批評(悪口)を垂れ流している。スーザンを挟んだ一つ隣のアーニー以外の誰も相槌を打っていないのに、よくまあ喋る……モゴモゴと口を動かしながら、リンは思った。


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