| 夏は知らぬ間に城の周りに広がっていた。空も湖も抜けるような明るいブルーに変わり、温室ではキャベツほどもある花々が咲き乱れていた。
しかし、ハグリッドがファングを従えて校庭を大股で歩き回る姿が窓の外に見えないと、どこか気の抜けた風景に見えた。
一連の事件に関係があると考えられ、ハグリッドは連行されてしまった。アズカバンに収容されているとのことだった。
おまけに、ダンブルドアが理事から停職処分を食らっていた。マクゴナガルが代理で校長となってはいるが、生徒たちにはあまり慰めにならなかった。みんな暗い顔をしている。学校のなかはめちゃくちゃだ。
ただ、いいことも、小さいながらもあった。アーニーやベティが、ついにハリーが犯人ではないと認めたのだ(実は未だに疑っていた)。
薬草学の授業中に、リンのすぐ前の机で、二人は彼に謝罪した。意外にもハリーはあっさりと受け入れた。隣のロンは、まだ許せないようだったが(これが当たり前の反応だとリンは思った)。
ひとまず一件落着したところで、アーニーたちはリンたちの机へと戻ってきて、アビシニア無花果〔いちじく〕の剪定を始めた。
しばらくして、突然ロンが痛そうな声を上げたので、リンは何事かと目を向けた。だが様子を窺っていくうち、心配はいらないと分かった。
どうやらハリーが剪定バサミをロンの手にぶつけてしまっただけのようだ……リンは納得して作業に戻ろうとしたが、ハリーがロンに何かを言っているのに気がついた。
「……でも、いま追いかけるわけにはいかないよ……」
ロンがそう言うのが聞こえた。リンは二人の視線を辿った ――― クモだ。大きなクモが数匹、地面をガサゴソ這っている。
そのクモ以外に「追いかける」ものがないのを確認して、リンは眉をひそめた。クモを追いかけるなんて、お世辞にも良い趣味とは言えない……彼らはいったい何がしたいんだろうか?
その答えは、夕食のときに聞けた。
温室にロンが忘れていった教科書を届けたついでに尋ねると、二人は顔を見合わせ、周りで誰も聞いていないことを確認したあと、そっと小声で教えてくれたのだ。
ざっと要約すると、ハグリッドが連行されるときに言い残していったメッセージに従ってクモの跡を追いかけるのだとか。なかなか大変そうだ。他人事なので、リンはそれだけの感想を抱いた。
「……それで、今夜行くの?」
「うん……上手くいくか分からないけど……」
ハリーが言うと、それまで静かだったロンが ――― 行きたくないらしい気持ちがしっかり顔に出ている ――― リンに言った。
「ねえ、リン……気になるんだったら、君も来ない?」
**
ハリーたちがグリフィンドール寮を出たころには、とうに十二時を過ぎていた。みんなが寝に行くのを待っていたため、こんなに遅くなってしまった。二人はできるだけ急いで、リンとの待ち合わせ場所へ向かった。
玄関ホールに続く大理石の階段を下りると、そこには誰もいなかった。ハリーとロンは顔を見合わせた。
ひょっとしたら、待っている間に先生に見つかってしまったのかもしれない ――― 二人が顔を青くしたときだ。
「こんな時間まで起きてるなんて、グリフィンドール生は元気だね」
突然聞こえた声に、二人は飛び上がった。横を見ても誰もいないが、声の主が誰なのか、ハリーには分かった。
「……リン? そこにいるのかい?」
「うん。あ、ちょっと待って……」
声が聞こえてくる辺りを、ハリーがじっと見つめていると、空間の一部がグニャッと歪んだように思えた。あっと叫ぶ間もなく、リンが姿を現した。ただし、曇ったガラス越しに彼女を見ているかのように、輪郭がハッキリしていない。
「急ごうか?」
リンが手を伸ばしてくる。「透明マント」の合わせ目から手を差し込み、二人の腕を掴んだ途端、ハリーの視界が歪んだ。何かに引っ張られる……。
視界がハッキリしたとき、三人は「禁じられた森」の中にいた。
「どうやったの?」
ハリーは「マント」を脱いで聞いた。一瞬で学校のなかから森まで移動するなんて信じられないし、さっきリンが「マント」を使わずに姿を消していたことにも驚いていた。
「ヨシノの人なら誰でもできるよ……それより早く行こう」
リンは掌から灯りを一つ出した。それはフワフワと浮かび、やがて森の奥へと進み出した。光のすぐ下を見ると、はぐれグモが二匹、急いで木の影に隠れるところだった。
「………よし、行こう」
ハリーたちは、光のあとを追っていった。
黙って歩き続けること二十分。やがて、木々が一層深々と茂り、空の星さえ見えなくなり、クモの群れが小道から逸れた。こんなに森の奥まで入り込んだことはなかった。
「いったいどこまで ――― 」
ロンが言いかけたとき、突然、右のほうに、カッと閃光が走った。
→ (2)
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