「つかまえた! ……え?」

 ようやくハリーが足を止めたと思ったら、何やら呆然としていた。ネビルとルーナをそっと離して、リンが近づく。どうしたのか問えば、つかまえたと思ったら消えたのだと説明された。ロンがため息をつき、ハーマイオニーが責める目つきでハリーを見下ろした。

「そもそもいったい何を持っていかれたの?」

「さあ……何かが足に当たって、何だろうと見下ろしたら、あいつが何かを隠すようにして逃げてったから、」

「よく分からないまま反射的に追いかけたと。……もう少し考えて行動してくれない?」

 さすがのリンも呆れのため息をついた。ハーマイオニーとジニーに至っては「信じられない」という顔で絶句している。

「でも一応……何かなくしたものとかある?」

「いや……そもそも盗られるようなもの持ってないし……」

 ネビルとハリーの会話をBGMに、リンは周囲を見渡した。高くそびえ立つ棚がひたすら並んでいる部屋だ。棚には小さな埃っぽいガラスの球がびっしり置かれ、燭台の灯りを鈍く反射していた。それ以外は何もなく、薄暗いせいか肌寒い。

「ハリー、これ見て……君の名前が書いてある」

 棚を観察していたロンが不意にささやいた。ハリーが目を丸くして近寄る。リンたちも静かに歩み寄った。ロンが指さす先には、小さなガラス球があった。ずいぶん埃をかぶっているが、内側からの鈍い灯りでほのかに光っている。その下に貼りつけられているラベルに、どうやらハリーの名前が書かれているらしいが、リンの身長では何が書いてあるのかよく見えない。

「ハリー、触らないほうがいいと思うわ」

「どうして? これ、僕に関係あるものだろう?」

 警戒した様子のハーマイオニーに、ハリーが首をかしげる。そのあいだにもハリーの手が動いて、球の表面に触れていた。リンが制止しようとしたとき、陶器が割れるような音がして、リンとハーマイオニーが杖を構え、ハリーの手が反射的にガラス球を握り込んだ。

「 ――― よくやった、ポッター。さあ、こちらを向きたまえ。そしてそれを私に渡すのだ」

 どこからともなく黒い人影が現れ、ハリーたちを囲んでいた。十数本の光る杖先が、まっすぐにハリーたちの心臓を狙っている。ジニーとネビルが恐怖に息を呑んだ。

「迂闊な真似はしないほうが賢明だぞ、リン・ヨシノ。お得意の超能力が使えない今の君なら、たやすく組み伏せられるからな」

 リンの心臓に狙いを定めて、メイガが笑った。フードで隠れている顔に杖先を向けたリンが何かを言うまえに、ルシウス・マルフォイの左の人影がメイガを見た。

「あまり調子に乗るんじゃないよ。ポッターが予言を取り出す前に術を解いて、おまえのせいで危うく闇の帝王の計画が、」

「ポッターの腰巾着どもが触るなとうるさかったからだ。やつらがポッターを予言から引き剥がす前に何か刺激を与えないと取り出せなかった。結果的に俺の判断が功を奏したんだから、むしろ感謝してもらいたいな」

「貴様っ、」

「ベラトリックス、そんな男の言葉など歯牙にかけるな。今やるべきことは、ポッターから予言を取り上げることだ」

「やれるものならやってみろ」

 ハリーが「予言」と言われたガラス球を胸の前で握りしめて、杖を構えた。ロンたちも半歩ハリーに近寄り、杖を構える。だが死喰い人は攻撃しないだろうと、リンは推測していた。ハーマイオニーの顔を見ると、彼女も薄々感づいているようだった。

「予言を渡せ。そうすれば誰も傷つかぬ」

「ああ、そうだろうな。この予言?を渡せば、僕たちを黙って無事に家に帰してくれるって?」

「アクシオ、」

「プロテゴ!」

 マルフォイと会話していたハリーが、すぐさまベラトリックスの呪文に応戦した。ほぼ同じタイミングでメイガが放った無言呪文は、リンが同じく無言呪文で相殺していた。ガラス球はハリーの指先まで滑ったが、なんとかハリーがつなぎとめた。

「……やるじゃないか、おまえも小娘も」

 呟いたベラトリックスが前に進み出て、フードを脱いだ。ハリー、リン、メイガへと視線を移して、同じくフードを取り払ったメイガとにらみ合った。仲間同士で何やってんだこいつら……。恐怖が麻痺しだしたスイが半眼で思った。

 その後、ハリーが時間稼ぎにと予言について質問をして、途中で隙をついて「合図をしたら棚を壊せ」と指示を回してきた。子どもだましレベルだが、やらないよりはマシだろう。

「今だ!」

「レダクト!」

 五つの呪文が炸裂した。棚が倒れ、ガラス球が割れ、破片から半透明な姿が立ち昇り、予言の声が木霊する。スイがフードの中にもぐり込んだのを確認して、リンは、全力疾走に懸念があるハーマイオニーの腕をつかんで駆け出した。死喰い人たちに呪文を食らわせながら、釣鐘と時計の部屋に滑り込む。ネビルに激突してしまった。

「コロポータス!」

 ハーマイオニーが息も絶え絶えに唱え、扉がグチャッと密閉された。リンがネビルに手を貸して起こしていると、ハリーが「みんなはどこだ?」とを喘ぎながら呟いた。確認すると、ロン、ジニー、ルーナがいない。扉を振り返ったが、死喰い人が動揺を立て直しているのが扉越しに分かって、リンはハリーを見た。ハリーがうなずく。

「とりあえず、ロンたちはあとだ。このまま突っ立って連中に見つかるのを待つって選択肢はないから、出口を探そう」

 円形のホールに向かって走っている途中で、死喰い人が二人、扉を破って現れた。いったん机の下に飛び込んで、死喰い人の様子をうかがう。机の下を探すことにしたらしい死喰い人に、リンが失神呪文を無言で食らわせた。もう一人のほうはハリーが失神させたらしい。リンが急いで二人から杖を奪って縛り上げ、ついでに「目くらまし術」をかけて机の下に押し込んだ。目が覚めて大声で仲間を呼ばない限りは、きっと参戦不能だろう。

「……手慣れてるね」

「今後の参考にしてくれていいよ」

 さっさと駆け出したリンを追いかけながら、今後こういうことがないのが望ましいんだけどな……とハリーは思ったが、ホールの向こうから死喰い人二人が走ってくるのを見て思考を切り替えた。リンとハーマイオニー、ネビルに続いて小部屋に飛び込んで、扉を閉める。リンとハーマイオニーの密閉が間に合わず、扉が開けられた。

「インペディメンタ!」

 二人ぶんの呪文が飛んできた。リンが盾の呪文を展開して、なんとかしのぐ。舌打ちをした死喰い人の一人が仲間を呼ぼうとしたので、ハーマイオニーが黙らせ呪文を食らわせた。残る一人にリンが武装解除術を飛ばすが避けられ、そのまま一対一でバチバチやり始める。


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