ついにO・W・Lが終わった。爽快な気分でスイを迎えに寝室に帰ったら、なぜか「錯乱したハリーを放置か、信じられない」となじられた。意味が分からない。

「ハリーなら元気だったよ。君が言ってた『ハリーが魔法史のテスト中に夢を見て叫び出す』っていうイベントは起こらなかった」

「なん……だと……」

「ていうか、そのイベント何なの? 例の“原作”? 阻止したほうがいいイベントなら阻止するけど」

「やめろよ阻止したら原作クラッシュじゃん」

 スイは尻尾でビシッとリンの腕をたたいた。ある程度は原作に沿って進行してくれないと困るのだ。原作とのズレが大きくなりすぎると展開が予測できなくて、怖い。だからスイは、なるべく原作(とりわけ核となるエピソード)についてはあまり口にしないようにしている。本当はたくさんいろいろ救済ルートを発生させたいと思っているので、かなりのジレンマだが。

 そんなスイの葛藤など知る由もないリンは、何なんだ……と呆れの視線を常々彼女に向けている。先に起こることを知っていながら、それに介入して変えるつもりもない。断片的で中途半端なネタバレ程度の情報なら口に出さなければいいのに。しかし言うと傷つけるだろうことは分かっているので、何も言わないことにしている。

「はあ……」

「……はぁ」

 似たようなタイミングでため息をついたとき、ベティが「まだー?」と顔を出した。早く遊びたいと急かされたので、とりあえず話は置いておくことにして、リンはスイを肩に乗せて寝室をあとにした。




 夕食後、真剣な顔のスイに「やっぱりハリーに会いに行こう」と言われたため、リンは廊下を歩いていた。ちなみにハンナたちは「菓子パーティーするぞ!」と突撃してきたエドガーにつかまった。リンも先輩命令で強制参加させられそうになったが、日本の菓子をいくつか提供し、彼らが夢中になっている隙に抜け出してきた。諦めて残ったメンバーだけで楽しくやっているだろうから問題ない。

 道中で夜の散歩中らしいルーナと出くわし、無言でついてきたので、とりあえず一緒にグリフィンドール寮へと向かう。途中で図書館帰りのネビルと出会い、せっかくなのでハリーを呼んできてもらうことにして、リンとルーナは「太った婦人」の横に立った。肩の上のスイは「ヤバい、神秘部突撃メンバーそろいそう……フラグ」と戦慄していた。

「あら、リンじゃない。ルーナも一緒なんて珍しい組み合わせね」

 階段を上がってきたジニーが首をかしげた。ジニーまでこんな時間に一人で散歩かと首をかしげるリンの横で、スイも「ここの女の子たちは」と心配になった。

「それで、二人で何してるの?」

「リンを見つけたから、なんとなくついてきたんだ。リンはハリーに用があるんだって」

 ルーナが答えたとき、ハリー、ロン、ハーマイオニーが現れた。その後ろにいるネビルは、トレバーが行方不明なので捜索に行くらしい。

「一分待っててくれたら、探すの手伝うよ。ハリーを呼んでくれたお礼」

「ほんと? ありがとう」

 うれしそうに笑ったネビルに笑い返して、リンはようやくハリーと向き合った。不思議そうな顔をしているが、とくに変わったところはない。……いや。首元で何かが光った気がする。

「えっ?!!」

「バッ、何してん……え?」

 グッとハリーの襟元をつかんで開く。ハリーとロンの吃驚する声は無視した。後者のほうは、ハリーの首筋を見た途端べつの意味での吃驚になった。ハーマイオニーたちも息を呑んでハリーの首筋を凝視する ――― 何かの紋様が浮き出ている。

「何これ……」

「……日本の文献で見たことがある。昔の召喚の術式か何かだったと思う」

「召喚? 何かが現れるってこと? それとも、」

「ハリーがどこかに呼び出されるってこと」

 こわごわとしたハーマイオニーの問いに答えながら、リンは眉を寄せて考える。日本の術式ということは、日本人がハリーに術をかけたということだ。叔父たちがそんなことをするとは思えない。……知らせておいたほうがいいだろう。念を飛ばそうとしたとき、リンの手を誰かがつかんだ。

「……何してるの、君ら」

 見れば、なぜか全員でハリーに触っている状態になっていた。リンの手を握ってハリーの腕にくっつけているジニーを見つめながら問うと、至極不思議そうに首をかしげられた。

「だって、ハリーを一人でどこかに行かせられないもの。『移動キー』みたいな要領なら、ハリーに触ってればみんなで移動できるでしょ?」

「だからって、」

 呆れのため息をついたとき、視界が真っ暗になった。

「……!」

 とっさの結界は張りそこなった。真っ暗な何らかの空間に閉じ込められていると認識して、舌打ちをこぼす。とりあえず手のひらから灯りを出そうとした瞬間、激痛に襲われた。引き攣れた声が漏れる。

「リン!? 大丈夫かい?」

 ハリーの声がして、光が現れた。ハーマイオニーが「ルーモス」を使ったらしい。続くように、ほかのみんなも杖先に光を灯す。まぶしさに目を細めて、リンは「大丈夫」と返した。心配そうに頬を撫でてくるスイの頭を撫でて、じくじく痛む左手首に視線を落とし、浮き出ている紋様を確認してもう一度舌打ちをこぼす。

「怪我とかじゃないよ……ヨシノの魔法が使えない状態にされただけ」

「……そんなことできるの?」

「できるよ」

 杖を取り出して「ルーモス」と唱えてみると、問題なく光が灯った。激痛もない。魔法なら使えるらしい……不幸中の幸いといったところか。息をついて、杖先から光を飛ばす。円を描くように浮遊したのち、ある一点で一度静止し、ふよふよと奥へ進んだ。

「一応聞くけど、何してるんだい?」

 ハリーが小声で聞いてきた。べつに小声になる必要はないのでは?と思ったリンだったが、一応合わせて声を落とす。

「空間の広がりを確認したの。今いる場所は平たく言うと行き止まりだけど、あの方向には進めるみたい。……どうする?」

「……行くだけ行ってみよう。ここにいたってどうにもならない」

「でも、ハリー、もし罠だったら、」

「戦うだけさ。ここにいること自体すでに罠だろうから、とどまっても進んでもたぶん一緒だよ」

 キッパリ言ったハリーに、ハーマイオニーは数秒の沈黙のあと「分かったわ」と呟いた。ロンたちも異論はないらしい。手早く並び順を決めて、一列縦隊で歩き出す。ちなみに先頭からハリー、ロン、ハーマイオニー、ジニー、ルーナ、ネビル、リンとスイである。

 闇はどこまでも続いていて、終わりがないように思えた。かなり歩いたあと、ロンの「いったいもう何時間歩いたのかな」という不満声に反応したハリーが、腕時計を確認したのか「時計も止まってる」と呟いた。リンも自分の腕時計を見て、ため息をついた。

「時間の感覚が現実と違う空間なんだと思うよ。俗に言う亜空間とか異空間ってやつ。ただあくまで体感だけど、歩き出してから二時間弱は経ったと思う」

「なんで分かるんだよ」

「暇つぶしついでに秒数をカウントしながら歩いてるから。いま六千九百七十六秒」

「君ってほんと変人だよな」

 わざわざ立ち止まって振り返りながら、ロンがため息をついた。ハリーたちもさすがに苦笑している。状況把握に役立つと思っての行動を呆れられ、リンが不可解そうな顔をする。その肩の上で、スイが乾いた笑みを浮かべた。

「……行き止まりだ。ひび割れみたいなのがあるよ」

 不意にハリーが言って、一列縦隊が崩れた。ハリーの横に並んで、ロンがひび割れらしきものに顔を近づける。ジニーが「不用心よ」としかめ面で兄のローブを引っ張って引き戻した。ハーマイオニーは何だろうかと思考を巡らせ、ネビルは「何かが出てくるかも」と顔色をさらに悪くし、ルーナはのんびりスイを撫で始めた。それぞれの性格がよく分かる。

「っわ!」

 何とはなしにハリーがひび割れを杖先で軽く突いた瞬間、陶器が割れるような音が響き、レンガの建物がガラガラ崩れ落ちていくかのように、真っ暗な空間が崩れた。まぶしい光に目を刺激され、思わず目を細める。光に慣れてから周囲を見渡して、リンは瞬いた。

 光の正体は時計だった。ありとあらゆるところで、チクタクと音を立てながら、大小さまざまな時計がきらめいている。何の光を反射しているのだろうかと視線を巡らせれば、部屋の奥にそびえ立つ釣鐘形のクリスタルから光が出ているのに気づいた。

「ここはどこだい……?」

「……神秘部だ」

 半ば放心しているロンに、ハリーが答える。どうして分かるのかとハーマイオニーが鋭い語気で問うと、夢で見たと返ってきた。ハーマイオニーが息を詰めたとき、ハリーが「あっ」と声を上げて駆け出した。ほかのメンバーが吃驚して、慌ててハリーを追いかける。

「ハリー、どうしたの?」

「あいつが何かを持ってったんだ!」

 ハリーの前方を見やると、ネズミのような生き物が疾走しているのが見えた。ハーマイオニーが「アクシオ!」と唱えたが、呼び寄せ防止呪文でもあるのかはじき返されていた。まじめに追いかけっこする気なのかと半眼になりながら、コケかけるネビルを支えつつ、リンは奥へと駆けた。

5-50. 罠
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