ついに試験が始まった。始まるとあっという間で、気づいたらもう二週目の水曜日だった。今日は午前中に天文学の筆記試験、午後に数占い学と占い学の実技試験、深夜に天文学の実技試験がある。数占い学と占い学は同一の時間に行われるため、試験監督の付き添い(監視)の元「逆転時計」を使用しての受験だ。今年のO・W・L十二科目受験生はリン一人なので、この言いようもない憂鬱さは同級生には誰とも共有できない。

「……疲れた」

 夕食の席に腰を下ろして、リンが呟いた。さすがに息が詰まった。不正防止のためとはいえ、合計四時間強ずっと試験監督に付き添われているのは精神的にくる。テーブルに伏したくなるのを抑えて、リンはジャスティンから差し出された紅茶を受け取って飲んだ。

「お疲れ様、リン」

「辛いようだったら仮眠を取るかい?」

 試験前よりずいぶん顔色がよくなったハンナとアーニーが言った。ベストを尽くしたから、終わった科目について悩むことはしない。と割り切ったらしいし、残りももう今夜の天文学の実技試験と、明日の魔法史の筆記試験だけなので、落ち着いているのだろう。喜ばしいことだ。

「……君らの顔見たら落ち着いたし、大丈夫」

 バターロールを半分に割りながら言ったら、ハンナとジャスティンが両手で顔をおおってうつむき、スーザンとアーニーは顔を赤くして凝視してきた。四人の反応に吃驚するリンに、ベティが「無自覚タラシ」と呟いた。

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 ファングの吠え声が聞こえて、リンは見直していた星座図から顔を上げた。ハグリッドの小屋のほうを振り返ろうとして、思いとどまる。今は試験中だ……不正行為と見なされる行動は控えたほうがいい。せめてと横目にうかがってみるが、いかんせん位置が悪い。アーニーの望遠鏡のせいで上手く見えなかった。

 バーン! 校庭から大音響がした。顔を上げるが、やはり見えない。困惑していたら、アーニーの「アンブリッジがハグリッドに奇襲をかけてるんだ」という説明と、ハーマイオニーの「やめて!」という叫びが聞こえた。

 透視を試みた矢先、右手のバングルが目にとまった。ヨシノの不正防止用にと装着が義務付けられている制御アイテムで、超能力を無理に使用すると激痛が走り、場合によっては失神するらしい。同じ原理での拘束を昨年に体験しているので、威力は想像できる。

 ためらっているあいだに、校庭での騒ぎは大きくなっていた。アーニーの小声の解説によると、ファングがやられ、怒ったハグリッドが犯人を投げ飛ばしたらしい。今ちょうどマクゴナガルが現れたと告げたアーニーが、ヒュッと息を呑んだ。同時に、ハーマイオニーや女子生徒たちが悲鳴を上げる。

「南無三! 不意打ちだ! けしからん仕業だ!」

 トフティ教授も叫んでいた。ハグリッドの怒りの声が響く。ハンナが「何事なの?」とアーニーを急かした。呆然としていたアーニーが我に返る。

「失神光線が四本、マクゴナガル先生に直撃したんだ」

 立ち上がりかけたリンを、ベティが周囲にバレないギリギリのラインで抑えてきた。同時に見物人たちが沈黙に包まれたので、リンは腰を落とした。自分を落ち着かせながら周囲の様子を探ると、みんな呆然としていた。

「うむ……みなさん、あと五分ですぞ」

 トフティ教授が弱々しく言った。みんなあまり聞いておらず、ただ早く試験が終わってほしいという雰囲気だった。五分後に試験が終わった途端、みんな望遠鏡を乱雑にしまって、螺旋階段を慌ただしく下りた。リンもバングルを外してマーチバンクス教授に押しつけ、待っていたらしいハリーたちと合流して階段を下りる。

「あの悪魔! 真夜中にこっそりハグリッドを襲うなんて!」

「トレローニーの二の舞を避けたかったのは間違いない」

 怒りで歯ぎしりするハーマイオニーに、アーニーが神妙に言葉を返した。ハンナが「だからって卑怯すぎるわ」と眉を寄せるかたわら、ロンはなぜハグリッドに呪いが通じなかったのかと疑問を口にする。ハーマイオニーが「巨人の血のせいよ」と答えた。

「巨人を失神させるのはとてもむずかしいわ。トロールと同じで、とってもタフなの……でもおかわいそうなマクゴナガル先生……失神光線を四本も胸に。もうお若くはないでしょう?」

「さっき叔父上に連絡したら、もう保護したって。叔父上とマダム・ポンフリーで治癒に当たってるらしいよ」

 白い顔のリンが淡々と言えば、みんな少なからずホッとした顔をした。「でも危ないかもしれない」という叔父の言葉を伝えることをためらって、リンは望遠鏡のケースを握る手の力を強めた。

「まあ少なくとも、ハグリッドは連中の手から逃げおおせたね」

「そのせいでマクゴナガル先生がどうにかなるんだったらイヤよ」

「大丈夫よ。マダム・ポンフリーが治せない怪我も病気も呪文もないわ」

 意外と冷静なジャスティンに噛みつくベティを、スーザンがなだめる。自分にも言い聞かせているような口ぶりではあったが。

「ハグリッドはダンブルドアのところに行ったのかな……」

「そうだと思うわ」

 ハリーの呟きに相づちを打って、ハーマイオニーが涙を手でぬぐった。

「ああ、でもほんとにひどいわ。ダンブルドアがすぐに戻っていらっしゃると思ってたのに。今度はハグリッドまでいなくなってしまうなんて」

「……アンブリッジがいなくなれば帰ってくるよ。ここはハグリッドの家だもの」

 リンが栗色の髪をポンポン撫でながら言うと、ハーマイオニーは無言でうなずいた。その横のハリーは、アンブリッジへの怒りを燃やしているようだった。実に物騒な目つきで宙をにらんでいる。

「まあ……とにかく寝よう。あの女の所業はたしかに許しがたいけど、僕らがいま備えるべきは明日の試験だ。あんな残虐非道な女なんかに、僕らの将来を左右されてはならないからね」

「ドヤ顔すんな腹立つ」

 キリッとした顔でつらつら述べたアーニーに、ベティが毒づく。ジャスティンが反応して始まる言い合いに、ほかのメンバーがため息をついた。こんな状況でも変わらないのだから、この二人はある意味すごい。とりあえずグリフィンドール組とハッフルパフ組とで「おやすみ」を言い合って、それぞれ寮へと向かった。

5-49. 闇討ち

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