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「そのネックレス、お気に入りだね」

 交換ノートを読みふけっていたビルは、リーマスの声に意識を浮上させた。見上げると、リーマスが苦笑してビルの首元を見ている。ネックレスから指を離して、ビルは頬を緩めた。

「お気に入りどころか、宝物だよ」

 なにせ想い人からもらったペアネックレスだ。柔らかく笑ったビルを見て、半眼のシリウスが「……リンからか」と呟いた。「うん」とうなずくと、リーマスが小さくため息をついた。

「付き合ってもないのに、見せつけてくれるね」

「それくらい好きってことにしておいてほしいな」

「おまえは俺と同じで、そう女に執着するようなやつじゃないと思ってたよ」

 シリウスが言った。そりゃあ君たちなら、交際相手なんてよりどりみどりだろうから、そんなに執着しないだろうね。リーマスは内心で思った。顔面偏差値を意識するとツラい。

「……俺だって、人並みかそれ以上の執着心はあるよ」

 ビルが眉を下げて微笑んだ。シリウスとリーマスがパチパチ瞬きをする前で、交換ノートを閉じて、表紙をそっと撫でる。細められた目には穏やかな光が揺れているように見えた。

「………」

 シリウスはガシガシと後頭部を掻いた。茶化すつもりで言っただけなのに、こうも気まずくなるとは思わなかった。そっとリーマスを見てみると、呆れた目を向けられていた。申し訳ない。

 何か話題をそらそうと思った矢先、ビルが呟いた。

「なんだろう……俺の手の届かないところにいるから、よけいに不安なのかもしれない」

 リンがホグワーツにいるあいだは、休暇やホグズミードの日でない限り、まったく会う機会がない。その点、ハッフルパフ生のディゴリーとやらは、それこそその気になれば年中一緒にいられるわけだ。ビルと違ってアプローチし放題。ひどい話だ。

「だから、大人げないこと承知でアプローチさせてもらう。ディゴリーは奥手で慎重すぎるらしいし、俺が入る隙はあるはず」

 至極まじめな顔で言ったビルを見つめたまま、シリウスはセドリックを思い浮かべた。一度ホグズミードで見かけただけだが、たしかに隙だらけな印象だった。リーマスに視線を向けると、似たようなことを考えていたことがうかがえる。

「……お手柔らかにね」

 何を言うべきか悩んだ末、リーマスがそう言った。シリウスが「なんでそのセリフ」という顔をした。ビルは不思議そうに瞬く。

「チャンスがあるのに、尻込みして行動できないほうが悪いと思うけど」

 かなりグサッとくる正論だった。自分のことじゃないのに、耳が痛い。リーマスは苦笑を漏らした。

「みんながみんな君たちのように自信にあふれてるわけじゃないんだよ」

「俺だって……そりゃあ、ディゴリーよりは上手くやれる気はしてるけど、本当はあまり自信がないよ」

「嘘つけおまえ」

 間髪入れずにシリウスが呆れ声を出した。ビルが苦笑する。

「嘘じゃないよ。頑張って取り繕ってるだけで、些細な選択もなるべく間違えないように内心では必死さ。一度位置づけたら相当なきっかけがない限り動かさないタイプだって分かってるからね」

「……よく分かってんな」

「いやだって、俺が会って話すヨシノの人間ことごとく『そう』だから、イヤでも気づくよ」

「まあ……『それ』がヨシノの特徴の一つだしね」

 苦笑をこぼして、リーマスがココアに口をつけた。シリウスもコーヒーを飲み、一瞬の沈黙が流れる。

「……そう考えると、付き合いが浅いぶん、俺のほうが彼より有利か」

 ふと気づいた風情でビルが呟いた。返答に困ったリーマスはシリウスと目を見合わせ、そろって肩をすくめた。

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「ヘイ、ミスター・ハンサム! 君はなんて運がいいんだ!」

「どうだい、試験勉強の気晴らしにちょいと……、大丈夫か?」

 背後から回り込んできた二人の表情が、引き攣り気味の笑みに変わった。片方は心配そうな雰囲気で背中をポンポンとしてくれた。

「おい、フレッド」

「いや、俺も回復系の作用がある商品は持ってない」

「医務室でも行くかい、ディゴリー? 顔色悪いぜ」

 背中を撫でながら、ジョージが顔をのぞき込んでくる。セドリックは苦笑した。大丈夫と言おうとして、言葉が一瞬迷子になる。頭に浮かんだのは、この二人が何かと自慢してくる人物だった。

「……ビルって、アクセサリーについて詳しいのかな」

 ポカンとした二つの顔を見て、セドリックは勝手に動いた口を恨めしく思った。双子は互いに顔を見合わせて、またセドリックへと顔を向けた。

「そこそこ詳しいんじゃないか?」

「俺たち兄弟の中じゃ一番ファッションセンスがいいし」

「おい、ジニーを忘れるな」

「メンズの話だろ」

「いや、リンの……」

 ハッとして口をつぐんだが、決定的な単語はすでにこぼれ落ちていた。双子はきょとんとしたあと、楽しそうな笑みを浮かべた。

「へーえ、ビルはリンにアクセを贈ったのか」

「あのリンにアクセとは、さすがビル」

「いよいよ君がフラれる日も近いぞ、ディゴリー」

「………僕、談話室に帰らないと」

 言葉に詰まったあと、セドリックは足早に歩き出した。その後ろ姿を見送って、双子は目を見交わし、肩をすくめる。

「アクセ一つで動揺しすぎだろ」

「これも計算に入れてるとしたら、ビルもいい性格してるよな」

「まあでも、恋より勉学を優先するなんて苦渋の決断をした監督生様に、文句を言う資格はないさ」

「そりゃそうだ」

 辛口評価になってしまうのは仕方ない。誰だって身内を応援するものだ。

5-48. ネックレスと思惑

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