クィディッチ・トーナメントが終わった。グリフィンドールの優勝だった。ハッフルパフ・チームの悲願は今年も叶わずで、談話室の一角でコッソリ引退パーティーをしたとき、7年生(とりわけエドガー)はみんな赤い目をしていた。しかし翌日にはもう悔いのない顔をしていたので、彼らのメンタルは実に強かった。

 リンも一時はグリフィンドールとの試合であと数cmハリーよりスニッチに近かったら……などと考えていたが、もう吹っ切った。ファイアボルトに負けないくらいの瞬間加速度が出せるよう、練習メニューを来年までに考えておこうと思う。

 つらつら考えながら、湖への道を歩く。ハーマイオニーから呼び出しを食らっているためである。グロウプについて、ハリーとロンに説明するらしい。ハーマイオニー一人でも事足りると思うけどなぁ……。と考えながら、そっとため息をついた。



 説明は五分で終わった。結局ほとんどハーマイオニーがしゃべったので、やっぱり自分は必要なかったのでは?と思うリンである。のんびりしたリンとは対照的に、ロンは「嘘だろ」と絶望的な声を出した。

「まさか、さすがにそんなことはしないだろ?」

「それが、したのよ」

 ハーマイオニーが辛抱強く、だがキッパリと言い切った。

「グロウプは約五メートルの背丈。六メートルもの松の木を引っこ抜くのが好きで、私のことはハーミーって名前で知ってるわ」

「そういえば、その呼び方、クラムの『ハーミィ‐オン』を思い出すね」

「私はまじめな話をしてるのよ」

「私もまじめな思い出話をしたんだよ」

 そこまで目くじらを立てるほどじゃないと思うリンだった。相変わらずズレているリンにハリーが苦笑する横で、ロンが「それで」と言った。

「もう一回確認するけど、ハグリッドが僕たちにしてほしいことって……?」

「彼に英語を教えること」

「正気を失ってるな」

「ほんと」

 恐れ入りましたという声を出すロンに、ハーマイオニーが同意の相づちを打った。彼女がハグリッドを擁護しないなんて珍しい。リンが目をやると、ハーマイオニーは「中級変身術」の図解をにらんでいた。

「私もハグリッドがおかしくなったと思い始めてるのよ。でも残念ながら、私もリンも約束させられたの」

「じゃ、約束を破らなきゃいけない。それで決まりさ。だってさ、いいか……試験が迫ってるんだぜ。しかも、あとこれくらいで……」

 ロンが手を上げて、親指と人差し指がほとんどくっつくぐらいに近づける。つまり目と鼻の先ということを表現したいらしい。

「僕たち何もしなくても追い出されそうなんだぜ? それなのに……ノーバートを覚えてる? アラゴグは? そのほかハグリッドの仲良し怪物と付き合って、よかったためしがある?」

「でも約束したなら守らないと」

 リンが言うと、ロンは口をつぐんで、数秒のち深々とため息をついた。

「オッケー……ハグリッドはまだクビになってないだろ? これまで持ちこたえたんだから、今学期いっぱいもつかもしれない。そしたらグロウプのところに行かなくて済むかもしれないぜ」

「アンブリッジがハグリッドを見逃すとは思えないけどね」

「そういうこと言うのやめろよ」

 何気なくリンが呟けば、ロンがうめいた。ハリーも「縁起でもない」という顔で見てくる。「ごめん」と肩をすくめて、リンは風になびく髪を耳にかけ直した。



 六月になると、ハグリッドとグロウプのことは頭の片隅に追いやるほかなくなった。O・W・L試験のせいで、慌ただしくなったからだ。授業は予想問題の練習ばかりになったし、プレッシャーに駆られた生徒たちが奇怪な行動を取るようになった。

「ジャスティン、昨日は何時間勉強した?」

 爽やかな朝だというのに、クマのついた目をギラギラ光らせたアーニーがジャスティンに詰め寄る。ジャスティンは「またか」という顔で「五時間だよ」と答えた。アーニーは「僕は八時間だ」と誇らしげな顔をして、次はベティに聞き、彼女に盛大なしかめ面をさせていた。

 最近アーニーは、誰彼構わず五年生をつかまえては勉強時間を確認するという厄介なクセがついてしまっていた。実に迷惑であるが、みんな怖いので質問に答える以外は何も対処しないことにしている。一度、寝不足によるストレスから派生した悪癖かと案じたリンが強制的に眠らせたとき、目覚めるや否や勉強時間が激減したと半狂乱になってリンの胸ぐらをつかんで、なんの単語も聞き取れないほど早口で糾弾したことを、みんな忘れていない。めったに動じないリンも、あのときはさすがに何も言えなかった。

「アーニー……よっぽど追い込まれてるのね」

 通りかかったマイケル、アンソニー、テリーが犠牲になる光景を遠巻きに、スーザンが遠い目で呟いた。そう言う彼女のクマもひどいので、リンはそっと自作した安眠効果のあるアロマキャンドルを渡しておいた。ムダなくスッキリ眠りに落ち、熟睡できて疲れも取れるので、一部の生徒のあいだで人気の品である。アーニーも一応、就寝のときには使用してくれているらしい。

「マクミランはどうにかならないのか?」

 アーニーから解放されたらしいマイケルが、リンの斜め向かいの空席に腰を下ろした。今日はここで朝食を取るらしい。だんだん寮意識やら何やらが緩くなってきたマイケルたちである。きっと勉強で疲れているんだろう。労わるような調子でスイが尻尾でそれぞれの腕をたたくと、マイケルが「優しくしてくれるのはおまえくらいだ……」と遠い目をしていた。疲れているらしい。そういえば先日ジニーと別れていたと思い当たって、スイはマイケルの腕を手でもポンポンとたたいておいた。

「ちなみにリンは何時間くらい勉強してるんだい?」

「それを一々計算してる暇があったら理論の一つでも覚えるよ」

「さっすが……」

 アンソニーの質問を一蹴したリンに、テリーが感嘆の息をついた。彼の視線の先では、アーニーがシェーマスとディーンをつかまえていた。視線だけで「あいつに言ってやれよ」と言われたので、リンは肩をすくめた。言って素直に聞いてくれるなら苦労はしないのである。

5-47. 約束とフクロウ
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