リンの三人あとにアーニーが進路指導を受けたが、帰ってきた彼は安堵と不安が入り混じった顔をしていた。いわく、いまの成績は総合的には問題ないが、O・W・Lでの「魔法薬学」の成績が懸念事項らしい。

「どうしてスネイプは『O・優』の生徒しか教えてくれないんだろ……」

「馬鹿に教えるのは苦痛って顔してるもの。仕方ないわ」

「何気に辛辣ね、スーザン」

「言っておくけど、私じゃなくてスネイプの心情の推測よ」

 わいわい話しながら、寮へと向かう。一日の授業が終わったら一休みして勉強会というのが最近のルーティンだ。O・W・Lまであまり猶予はない。

「?」

 ふと悲鳴が聞こえた気がして、リンは立ち止まった。横と後ろにいたハンナたちもつられて止まる。ベティが「何よ」と眉を吊り上げたとき、上から何かが降ってきた。リンが反射的に結界を張ると、ガンッと音が鳴る。何事かと見てみれば「生ける屍の水薬」という単語が結界の上に落ちていた。

「……え? 何これ何? え?」

 ベティの情報処理能力が限界を迎えたらしい。とはいえ、まだマシだった。ほかの面々に至っては、言葉も失って呆然と文字を見ている。そのあいだも「ベゾアール石」だの「強化薬」だのが落ちてくる。さらに頭上を見やれば、子どもの落書きのような見た目のフクロウが飛び回り、足に掴んだ単語を適当に落としていた。リンがぱちくり瞬いて、試しにと水を出して単語にかける。インクがにじんだところを軽くかき回せば、薄くぼやけて、霧が晴れるかのように消えた。

「インクで書いた文字や絵が実体化したってところかな」

「どういうこと? まったく理解できないんだけど」

「というか一瞬で対処してみせたリンの冷静さについていけない」

 ベティが半眼になり、アーニーが遠い目をした。ハンナとジャスティンは単純に「リンすごい」と目を輝かせているし、スーザンは足元に現れたネズミの落書きを消している。何気に順応力の高いスーザンである。

 周りを見れば、落書きと遊ぶ者、落書きに遊ばれる者、落書き同士をけしかけて対戦じみたことをする者。ふよふよ浮かんでいる「私で書いて」という吹き出しから下がる籠から羽根ペンとインクを取り、新たな落書きを生産する者までいた。カオスだ。

「……たぶん、ケイとヒロトの悪戯だよ」

「だぁーいせいかい」

「でっす!」

 ため息をついたリンが言ったとき、ポッポッという音と共にケイとヒロトが現れた。というより、上から飛び降りてきた。音を立てながら進む汽車の落書きの上から飛び降りたらしい。元気だ。騒ぎの元凶だというのにまったく悪びれていない。

「リン姉さんってば、すぐ対処法見つけちゃうんだから!」

「つまんないですー」

「まぁ自称校長先生は落書きの消し方が分からなくて大混乱だからいいんですけど!」

「麻痺やら消失やら試して、落書きを肥大複製してくれるので、助かってまぁす」

 攻撃する度にサイズが一回り大きくなって数が増えていく仕様らしい。えげつない……とアーニーが呟いたが、「こないだの双子先輩たちの花火も似たような仕様でしたもんー」「学習能力が低下してる大人はたいへんですよね!」「やだなぁ低下も何も元から底辺だったよー」「それもそうか!」と流された。

「……これ、バレたらたいへんなことになるんじゃ……?」

「大丈夫ですよ!」

「僕らの仕業だって特定できる痕跡を残すほど馬鹿じゃないですよぉ。念のため、双子先輩やハリー先輩たちにも容疑がかからないようにタイミング調整したしー」

「……馬鹿ではないけど怖いね」

 アーニーが青い顔で呟き、ハンナが無言でうなずく。スーザンとジャスティンは眉を下げてハンナとアーニーの背中をポンとした。ベティは「O・W・Lなくなれ」「カエル顔にピンクのフリルは目への暴力だ」と一通り殴り書きをしたあと、「ところで」とケイたちを見た。

「なんでこんな騒ぎ起こしたの?」

「ハリー先輩のための陽動作戦です!」

「そんなことよりベティ先輩、その落書きセンス秀逸ですー。『目への暴力』とか、意外と上手いこと言いますねぇ。これカエル顔さんの目に触れるように動かそーっと」

「でしょ? さすがアタシ」

「『意外と』だから、遠回しにけなされてるんだよ」

「黙れカール頭」

 ベティとジャスティンの喧嘩が勃発した矢先、イェーイ!と声が降ってくる。落書きの箒に乗ってきたフレッドとジョージが、ケイとヒロトの真後ろに着地した。

「おまえらやるな!」

「爆笑もんだぜ!」

「あざっす!」

「もっと褒めていいんですよー」

 わしゃわしゃと頭をかき回されて口元を緩めるケイとヒロトを見て、リンはぱちくり瞬いた。人懐こく見えて、実は他人への関心が薄く、ぶしつけにパーソナルスペースに踏み入ることを許さない二人が、なんとまぁ珍しい。

「……やりますね、フレッド、ジョージ」

「ん? あぁ、大イカ書いてマルフォイ締め上げたこと?」

「あれはたしかに傑作だったな。見てたのか?」

「……違います」

 リンがため息をついたとき、ケイとヒロトの名前を呼ぶ声がした。ハリーだ。走ったせいかずれた眼鏡を直しながら「ありがとう」と笑う。

「なんとか話はできたよ。なんかフィルチが入ってきて邪魔されたけど」

「フィルチがぁ? 何の用でですかぁ?」

「鞭打ち許可証を探してたみたいだったよ。双子がどうのって言ってたけど、まさかフレッドとジョージが疑われてるってことかい?」

「まさか! こんな悪戯するのは双子先輩たちだっていう安易な考えですよ、きっと!」

「双子先輩たちは問題が起きたときカエル顔さん直々に減点と説教をされてたし、アリバイは完璧ですー」

「うん、なんで知ってるんだ?」

 純粋な疑問半分、怖さ半分といった顔で、ジョージが首をかしげた。ケイは無言で笑顔を浮かべ、ヒロトは「えへっ」と可愛らしく頬を緩める。フレッドとジョージは「聞くだけ無駄か」「だな」と顔を見合わせてため息をついた。

5-45. 混乱戦線参入
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