神社の巫女のような格好をした、まだ幼児とカテゴライズされそうな女の子がいた。その視線に合わせるようにかがんだ男性が、女の子に話しかけている。

『おまえは、未来や過去、心情を読み取る力に長けているから、次代の巫女として選ばれた。今日からしっかりと修行に励み、立派な巫女になれるよう精進しなさい』

『……みこって、なに』

『社〔やしろ〕へ訪れる人々の悩みを聞いたり、未来を見てアドバイスしたりして、人々が清く正しく幸せに生きていけるようにする女性のことだ。だから、おまえは私利私欲のない清廉で立派な人徳者にならねばならない。そのための修行だ……』

『でも、』

『薬師の夢は諦めなさい。いいか、己の意見を通そうとしてはいけない。与えられた役割には粛々と従うものだ……』



 疲れた顔をした男が、ぼそぼそと言った。

『借金返済が滞っていて、脅されるんです……巫女様、助けてください……』

 ギラギラした目をした女が叫ぶ。

『もう三十後半になるのに結婚できなくて、みんなに笑い者にされるんです! どこで何をすれば良い男に出会えますか?! 巫女様なら分かるでしょう教えてくださいよ!』

 ぜえぜえ声の老人があえぐ。

『お医者様からもう長くないと言われとるのに、まだ息子が嫁を取らず、このままじゃあ孫の顔が見れぬまま彼岸に行く羽目になってしまいますのじゃ……巫女様、わしぁどうしたら良いですかのぅ……』

 笑えば愛嬌のありそうな少女が不満顔でブチブチと呟く。

『好きな人が、町でいちばん美人って評判の子のことを好きになって。なんでお母さんは私をもっと美人に産んでくれなかったんだろ。十人並みの容姿って生きづらいですよ。ねぇ巫女様、なんか良い案あります?』

 入れ代わり立ち代わり、つらつらと話をしていく人々。それに対して丁寧に返答をしていく、慈愛に満ちた白髪の巫女らしき女性。部屋の隅で正座して眺めている七〜八歳くらいの女の子は、冷め切った目をしていた。

 最後の一人が退室したあと、女の子が『……くだらない』と呟いた。

『賭け事狂いで借金地獄の男。怠惰で贅沢好きな女。自分の意に反するからと、息子が愛した女を殺した爺。男を容姿で判断する自分を棚上げする娘。だれもかれも原因が自分にあることを理解しようとせず人頼み。反吐が出る』

『おやめなさいな』

 侍女と思われる女性が眉をひそめた。

『巫女候補ともあろう者がそのような……不適切な物言いを。巫女様の耳が穢れます』

『穢れるわけない。笑顔を浮かべて機械的に模範解答を返すだけの人形なんだから』

『なんと無礼な……っ』

『縋られ続けて疲弊してまともな理性を失って……死んでるみたいなもの』

『黙りなさい!』

 慈愛に満ちた表情のまま、どこか遠くを見ているような巫女。そのつむじを無感情な目で見下ろしたあと、激昂する侍女へと、幼い容貌に不釣り合いな嘲笑を浮かべる。

『気に入らないなら言ったらいい、巫女には不適格だって。こっちに巫女をやる気なんてサラサラないんだ……罷免されるなら万々歳だね』

 侍女が口を開こうとしたとき、柔らかな声が言った。

『自らではなく、他者を愛して救うのです。他者に必要とされることこそ我らの存在意義。他者の幸せが我らの願いであり幸せなのです』

 柔らかな笑顔で歌うように、巫女が口ずさんだ。無表情に見下ろして、女の子が首をかしげた。

『……そのセリフ、その「他者」にこそ言ってやればいいのに』



 ぼやけた光景のなか、声だけが響いた。

『巫女様が危篤状態となられた……次代の巫女を決めねばなりません……』

 はっきり聞き取れたのは最初の声だけで、そのあとに続けられたセリフは聞き取れない。そうこうしているうちに、また場面が変わった。



『巫女様の命が危ないだと?!!』

 混乱した声があちこちから聞こえてきた。社に何十人もの人が押しかけているのを、巫女に仕えていると思われる人々がなだめていた。十歳くらいの女の子は、我関せずと社の石段に腰かけ、無表情でただ眺めている。

『延命はできないのか?!』

『そうだ、死んでもらっちゃ困る! まだ俺の相談は終わってない!』

『まったくだ! このままいなくなるなんて許さないぞ!』

 ぱちりと女の子が瞬きをした。ゆらりと立ち上がり、石段を降りる。そんな女の子に気がつかず、群衆が巫女をなじりだす。そのうちの一人の声がやけにはっきりと聞こえた。

『巫女様なら、俺たちを幸せにしてから死ぬべきだ。それが責任ってもんだろう』

 風の唸り声がした。鎌鼬が群衆を襲う。悲鳴と血しぶきが上がる。誰かが誰かの名前を呼ぶ声が風に掻き消された。けれど、女の子の声だけはその場に響いた。

『死ね』

 乾いた音がして、唐突に風が止んだ。黒髪の女性が女の子を平手で打ったのだ。前のシーンで、女の子をたしなめた女性だった。

『次代の巫女ともあろう者が、人を傷つけた挙句にそのような言葉を口にするなど……おまえはこれまでの修行で何を学んだというのか!』

『黙れ!』

 女の子が女性を突き飛ばした。意外に力が強かったのか、不意をつかれたのか、それとも念力が使われたのか、女性が尻餅をつく。

『あんなやつら、愛せるか! 救いようもないほど利己的で愚かで! 不満を口にしさえすれば己の因果も力量も関係なしに労せず無条件で救われると考えて! 自然の摂理と自らの分〔ぶ〕を知っているだけ、畜生のほうがよほど立派だ!』

 苛烈に光る金の目で見下ろされて、女性が息を詰める。

『何の義理と責任があって他者を幸せにしてやらなければならない! 自己都合で好き勝手に生きているやつらのために、なぜこちらが自己を犠牲にして付き合ってやらなければならない?! 己だけのために生きたほうがよほど有意義だ!』

『お黙りなさい!』

『私に命令するな!』

『っ、母親に向かって何という口の利き方を……!』

 激昂する女性へ向けて、女の子がハッと嘲笑を浮かべた。

『……血筋と魔力と美貌から見合い相手に選ばれたが、愛した男がいた。それを理由に断ろうとしたら、由乃を敵に回すことを恐れた父母が画策して、男が死んだ挙句、由乃に嫁ぐ羽目になった。夫も愛せないし、三人の子どももどうしても愛せない。むしろ全員死んで、由乃の血なんて絶えればいいとすら思ってる。……そんなやつが母親を気取るなんて、滑稽だな』

 白い顔で言葉を失う女性を見つめたまま、女の子は表情を無に戻した。

『過去や心情を視て、本性を知って、その上で愛す? 救う? ……馬鹿言うなよ』



『……巫女には不適格と判断されたらしいな』

 ホグワーツの制服を着た、眼鏡の少年が言った。同じく制服を着た十歳くらいの女の子は平然と『それが何か』とだけ返した。敬語ではあるが、敬意は一かけらも込められていないと分かる声音だった。少年が眉をひそめる。

『……おまえは巫女になるために修行をしたんだろう。その結果不適格と判断されたというのに、その態度はなんだ。僕がおまえなら、』

『巫女になんてなりたくないと言うだろうね。あれを目の当たりにして、それでも巫女になりたいと望むなら、馬鹿か気狂いか洗脳されたかだ』

『な……っ』

『見せられた角度でしか物事を見れないやつが、知ったかぶって偉そうに物を言うな』

 うっとうしいと態度で示す女の子に少年は気分を害したようだったが、女の子は無視して踵を返した。
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