ふと目を覚ます。見慣れた天井を見上げて、リンはぼんやり瞬きをした。……喉が渇いた。身体を起こそうとして何かに触れる。目を凝らしてみると、ハンナの腕だった。

(……なんでハンナが……)

 記憶を手繰る。たしか、DAが終わって……そう。寮に帰ってきたあと、セドリックについて問い詰められたのだ。話が終わらないまま、いつの間にか眠っていたらしい。

「………」

 一気に体温が上昇する。赤くなっているであろう顔を両手で覆ったとき、鈴に似た音が耳の奥で木霊した。リンが目を見開く。

『至急、校長室へ』

 アキヒトの声がそれだけ言って霧散した。何事だろうかと訝しみつつ、リンはすばやくジャージの上着を羽織り、瞬間移動した。



 校長室にはダンブルドアとマクゴナガル、それからハリーとウィーズリー兄弟妹がいた。ぱちくり瞬くリンと、その横に瞬間移動で現れたジンに気づいたダンブルドアが「二人とも来たか」と歩み寄ってくる。

「アーサーが任務中に負傷した。すでにアキヒトが向かい、ハルヨシと合流して処置・搬送をしておる。リンは彼らを本部へ送り、そのまま彼らとともに滞在。ジンはみなが学校を出たとバレぬよう工作してくれぬかの」

「……恐れながら、」

「君よりリンのほうがハリーたちやシリウスと親しい。動揺する彼らとシリウスの衝突をうまく緩和できると踏んでの割り振りじゃ」

 何やら発言しようとしたジンを遮って、ダンブルドアがてきぱきと言った。ジンは言葉を呑み込んで「……かしこまりました」とうなずいた。

「……生徒やアンブリッジ程度であれば、式紙でごまかせましょう」

「充分じゃ。頼む」

「御意」

 机の一角を借りて、ジンが呼び寄せた懐紙で式神を作りはじめる。その様を見ているうちに、フィニアス・ナイジェラスが戻ってきて、本部の受け入れ準備が整っている旨を報告した。ダンブルドアがリンを振り返る。

「リン、行くのじゃ」

「……はい」

 ちらりとジンとアイコンタクトを取ったあと、リンはハリーたちを連れてロンドンへと移動した。瞬き一つの間に景色が変わる……本部の厨房だ。床に倒れ込んでいるジニーを助け起こしつつ、リンは辺りを見渡す。シリウスが足早にやってくるのが見えた。

「どうしたんだ? フィニアス・ナイジェラスは、アーサーがひどい怪我だと言っていたが……」

 フレッドが「ハリーに聞いて」と返し、ジョージが「俺もそれが聞きたい」と乗る。全員の視線を受けて、ハリーが話しはじめる。要約すると、アーサーが蛇に襲われるのを傍らで見る光景を夢で見たらしい。

 リンが眉を寄せて考えているあいだに、ジニーたちが病院へ行くと騒ぎ出し、それを止めるシリウスと口論が勃発する。リンは思考を切り上げて双方のあいだに入ろうとしたとき、厨房のドアがけたたましい音を立てた。

「やかましい」

 何かに吹っ飛ばされたシリウスが物理法則を無視した軌道を描いてリンに激突し、一回転してリンが上になる形で二人そろって床に伏した。ハリーたちが硬直する。脳裏によぎったのは、三年前のダイアゴン横丁でルシウス・マルフォイが蹴り飛ばされた光景だった。

「夜中は音を室外に漏らすな」

 鋭い眼光をたたえた目で厨房の面々を射抜き、ナツメが踵を返した。リンが弱々しい声で謝罪の言葉を口にしたが、ドアが閉まる音に掻き消される。そして沈黙が降りた。

「……久しぶりに、母さんに吹っ飛ばされた……」

 静寂のなか、リンが呟いた。いまさらだが防音の結界を張って、のそのそ起き上がる。リンの下敷きになっていたシリウスも、痛みに震えながら起き上がった。

「……俺は、今年に入ってからもう何百回と吹っ飛ばされてるぞ」

「ドヤ顔で言うことじゃないよね、それ……」

 リンがツッコミを入れたところで、ようやくハリーたちの硬直も解けた。ハリーとフレッドがリンへと歩み寄って手を差し伸べ、ジョージは崩れ落ちかけたジニーを支えて手近な椅子へと誘導し、ロンは床に座り込んだ。全員、顔が青白い。

「……とりあえずママからの連絡を待てばいいのよね……静かに……」

 呆然とした表情でジニーが呟いた。シリウスが「そうしてもらえると助かるな」と小さめの声で返して、何か飲み物でもと立ち上がる。リンも毛布をと立ち上がって、フレッドとジョージはジニーをはさんで座り込む。ハリーは迷ったあと、手伝いを申し出る体〔てい〕でリンを追って厨房を出た。

「ハリー? 魔法を使うからべつに手伝いは、」

「ちょっといい? 夢の話で、ちょっとだけ」

 切羽詰まった小声で言うと、リンは瞬きをしたあと「どうぞ」と促した。ハリーは早口に、ほんとうは夢のなかで自分が蛇になっていたこと話した。ついでに、ダンブルドアの目を見たときに、自分のなかに蛇がいるような感覚に陥ったことも。

「……それで、ここで自分が蛇になってみんなを襲うんじゃないかって心配してるの?」

 話を聞いたあと、リンが首をかしげた。青白い顔のハリーが小さくうなずく。リンは金色の目でしげしげとハリーを見つめた。

「……君から血の気配はしないから大丈夫だと思うけど」

「でも……、え、ごめんいま何て言った?」

 明らかな困惑顔でハリーがリンを見つめ返す。リンはぱちくり瞬いてから出し抜けに「あぁ」と納得の声を漏らした。

「一種の霊感。倫理とか法とかの概念を持つ種族が罪を犯したときって、特有の気配がのこるものなんだよ。たとえば人間が他人を殺したり傷つけたりすれば、血の気配が加害者にまとわりつく」

「……へー」

「いま君からはそういった気配は感じ取れない。だから君は加害者じゃないと思うよ、私からしたらね」

 淡々と言って、リンはハリーから視線をそらし、超能力を行使して毛布を取り寄せた。浮遊させた毛布を数えるリンの横顔を眺めて、ハリーは眉を下げた。

(……結局よく分からないけど……)

 でも、リンが大丈夫だと言うなら、きっと大丈夫なんだろう。そう信じることに決めたハリーの耳に、リンの「あ」という呟きが入ってくる。ハリーは瞬いた。

「どした?」

「……たいへんな事態に気がついた……」

「えっ……な、なに?」

 思わず声をひそめて身構えるハリーへと視線を戻して、リンが真顔で言った。

「……スイを連れてくるの忘れた」

「………」

 ヨシノのひとって、どうしてこうムードクラッシャーが多いんだろう。


5-27.  赤面と蒼白


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