| 表情が乏しい者が二人そろいまして
「………」
困ったような雰囲気を醸し出しながら行ったり来たりしている男が視界に映って、ジン・ヨシノは眉を寄せた。何の変哲もない廊下でのワンシーンである。
補足説明をしておくと、ジンが眉間に皺を寄せている直接の原因は男ではない。その男の様子を物陰からうかがっている女子生徒たちである。ジンの目の前でそわそわコソコソと「なにしてるのかしら」「たぶん考え事だと思うけど……」「行ったり来たりは考え事のクセだものね」など話しているのが、非常にうっとうしい。通行の邪魔だ。
「考え事してるなんて、話しかけづらいわ……いつ話しかければいいかしら……」
「話しかけずに帰ればいいだろう邪魔だ」
悲鳴が上がった。イライラのあまりジンが思わず呟いた言葉に振り返った女子生徒たちが発したものだ。無表情下で我に返ったジンが謝罪をするまえに、女子生徒たちが「ごめんなさい!」と足早に去っていった。走りながら「やだ、ジンに怒られちゃった!」「蔑む目もかっこいい!」などと興奮気味に囁き合っているのが聞こえる。
残されたジンは困惑である。なぜ怒られて「かっこいい」などと思うのか意味がわからない。ふつうは萎縮するか反省するかだろうに。西洋人女子の思考回路は実に理解に苦しむ。
(……まあいい)
とにかく道が開いたので、通ろう。そう思った矢先、ジンに「あの」と声がかけられる。視線を向けると、男がジンを見ている。ジンは『何か』とブルガリア語で返す。男が目を丸くした。
『……ブルガリア語が話せるのか?』
『通訳魔法です。こちらのほうがあなたにも都合がいいでしょう』
『そうか……ありがとう。敬語は外してくれて大丈夫だ』
『ではお言葉に甘えて。……それで、何の用だ?』
簡潔に話せと言外に要求するジンに、ビクトール・クラムは『図書館までの道順を教えてほしい』と頼んだ。一拍おいて、ジンは『もしや』と首をかしげる。
『迷子になって困って、あの困り顔でウロウロしていたのか』
『……困り顔?』
『ああ』
『……君、僕の表情がわかったのか』
『まあな』
『すごいな……いままで、家族以外で僕の表情を正しく読み取ってくれたひとはいなかった。学校のクラスメイトも、クィディッチのチームメイトも、みんな僕は無表情で感情が読めないと言う』
『………』
ものすごく共感できるとジンは思った。それが表情に出たのか、ジンの顔を見ていたクラムがぱちくり瞬きをした。
『……もしかして、君もそうなのか』
『………ああ』
素直にうなずくと、クラムが少し何かを考える素振りを見せた。それから、おもむろに手をそっと差し出してくる。意図を察したジンがその手を取り、握手が完了した。
『ビクトール・クラムだ』
『俺はジン・ヨシノ』
『……僕は人づきあいが下手だが、君とは仲良くできそうな気がする』
『同感だ』
悩みを共有できそうな同類に巡り合えたことに地味に感動する二人だが、はたから見れば、むっつりした表情の男と無表情の男が廊下でがっちり握手をしているという光景である。周囲から遠目に不審な視線が向けられるが、二人は気づかなかった。
『ひとまず図書館に案内しよう』
『ああ、よろしく頼む』
握手を解いて、並んで歩き出す。数歩進んだところで『……だれかと並んで歩くのは久しぶりだ』『気が合うな。俺も同じことを考えていた』という会話が交わされる。二人の互いに対する好感度(というより共感度)が人知れず上がる。
『君はクィディッチをやるのか?』
『寮のチームでチェイサーをしている』
『それなら、今度一緒に練習をしないか』
『時間と場所が確保でき次第、鷹便で手紙を出そう』
クラムにしては珍しい誘いであり、ジンにしても珍しい二つ返事での承諾である。そして互いに薄々とその事実に感づいている。しかし口には出さない。『鷹便?』『俺個人の鷹だ』と話題が流れた。
『フクロウじゃないのか……』
『日本では鷹のほうが馴染みがあるんだ』
『……そうか……強そうだな』
『強いぞ。しっかり訓練してるからな。何より美しい』
わずかに口元をほころばせる(本人なりに精いっぱいのドヤ顔)ジンに、クラムも目元の力を抜く(本人なりに精いっぱいの微笑)。
『……見るのを楽しみにしている』
『可能な限り早く手紙を出す』
『……手紙を楽しみに待つのも、久しぶりだ』
『俺も、手紙を早く出したいと思うのは久しぶりだ』
ほんとうに似た者同士の二人であった。
**あとがき** クラムとジンの会話はこんな感じ。悩みの共有とか、趣味の話とか。そのうちクラムの寒中水泳に付き合ったりするのかもしれない。ジンも筋トレとか好きなので(まったく描写できてないけど) でも恋バナだけは気が合わない(クラムはしたいけど、ジンは堅物なので嫌がる)
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