勝ちたかった相手


 物心つくまえから、父方の親戚というものに会ったことがなかった。なぜなのか問うたとき、父は困った顔をして、父さんが出来損ないの嫌われ者だからだよ、と言った。父が純血出身のスクイブだと知ったのは、それから数年後のことだった。

 父は昔から、優しく穏やかで、自分より他人を優先するひとだ。正確に言うと、他人より自分のほうに価値を見出すということができないらしい。母と交際する際も、純血である母と彼女の一族のことを気にしてまったく気持ちを伝えようとせず、焦れた母が男前に唇を奪って責任を取らせる形で交際をはじめたのだとか。結婚の際も、母が脅迫……訂正、懇願してようやく首を縦に振ったとのことだ。母が困ったような笑顔で言っていた。道理で性格が真逆の二人がくっついたわけである。

 話が逸れたが、まとめると、父は実の家族にひどく扱われてきたということだ。容姿端麗で、心優しく、賢く、努力家で……美点を数えるとキリがないのに、たった一つの欠点のために家族から蔑まれた。そんな話を(母と母方の親族から)聞いたものだから、純血主義や魔法族優先という考えが昔から嫌いだった。ひとの価値は“血”と“魔法の才能”では決まらないと思っていた。

 ……けれど。



「……エドガー」

 リンが出ていったあとの談話室。二人きりの空間で、セドリックがエドガーの名前を呼んだ。灰色の目は、ゆらゆら揺れている。その目を見つめて、エドガーは静かに息を吐き出した。

「……おまえはすごいやつだよ、セド」

 容姿端麗で、心優しく、賢く、努力家で……“血”と“魔法の才能”にも恵まれて。ほんとうにすごいと思う。羨望と嫉妬を向けずにいられるわけがない。

「……おまえに勝ちたかったよ」

 どっちが選ばれても、気にせず、全力で応援し合おう。そう約束して、一緒に立候補した。だから、セドリックの名前が呼ばれたときは笑顔で送り出した。でもほんとうは、自分が選ばれたかった。

 代表選手になって、父に喜んでもらいたかった。純血主義のやつらに、おまえらが蔑んでるスクイブの息子でも運命に選ばれることがあるんだと、見せつけてやりたかった。“血”と“魔法の才能”に恵まれた者が栄光を手にいれるのを、阻んでみたかった。

 ……ひとの価値は“血”と“魔法の才能”では決まらないと思っていた。けれど、そんな風にこだわっている自分こそが、ほんとうは誰よりも“血”と“魔法の才能”とやらに固執していたのかもしれない。

 こんなドロドロした感情を抱えてるから、選ばれないんだろうな。そう考えて自嘲的な笑みを浮かべたとき、エドガーの耳に「……僕だって」という言葉が届いた。

「僕だって、君はすごいやつだと思う。明るくて、聡くて、フレンドリーで、正義感が強くて、努力家で、ひとを笑顔にさせられる。僕にはない、貴重な才能だ」

 真剣な表情で言葉を並べてくるセドリックに、エドガーは困惑する。珍しく相槌を打たないエドガーを置いて、セドリックはどんどん話していく。

「人づきあいが下手な僕のフォローをよくしてくれて、いつも感謝してる。それ以外にも、いろいろ相談に乗ってもらったり、手伝ってもらったり……ずっと、君に助けられてきた。ずっと、君がまぶしくて、君みたいになりたくて……君に勝ちたいって、ずっと思ってたよ」

 その言葉を聞いたエドガーの目が見開かれる。呆然とした視線を受けて、セドリックは眉を下げて苦笑した。

「……えっと、おそろいだよね」

「………それを言うなら『お互いさま』だろ」

 思わずツッコミを入れる。セドリックは困ったような表情で「……僕も、言った直後に思った」と呟いた。一拍おいて、エドガーは小さく噴き出した。

「……ほんと、勝てねぇわ」

「え?」

 あまりにも小さく呟いたため、セドリックには届かなかったらしい。何と言ったのかと視線だけで問うてくる彼に、エドガーは「おまえはほんとに天然だなっつったんだよ」と笑いかけた。

「言葉が尽きかけて困るとズレたこと言うの、そろそろやめねぇと苦労するぞー」

「う……」

 思い当たる節があるのか、セドリックがたじろぐ。エドガーはニヤッと笑みを浮かべて歩み寄り、セドリックの肩をポンと叩く。

「ハッフルパフ代表、がんばれよ、セド」

「……え、あ、うん……、え?」

 ぱちくり瞬くセドリックの背中を、エドガーが強めに叩く。

「ハリーも選ばれてっからなー、おまえだけをホグワーツ代表って呼べねぇだろ」

 肩を竦めながらの言葉を受けて、セドリックは目を丸くしたあと「……そうだね」と柔らかく目を細めた。負けないようがんばるよと意気込むセドリックの背中をもう一度叩いて、エドガーは「飯食いに行くか」と声をかけた。

 うれしそうにうなずいたセドリックと二人並んで歩きながら、エドガーは思った。

(やっぱ、セドとは並んでるのがいちばんしっくりくるわ)

 見上げるでもなく、振り返るでもなく、目をそらし合うでもなく、向かい合うでもなく、並んで一緒に前を見る。このあり方が自分たちには合ってるのだと思う。お互いに勝ちたいと思い合っているのにおかしな話だが。

(……ほんと、こじれなくてよかった)

 だれかを共通の敵にしなくても、互いにちゃんと気持ちを吐き出し合えば、それでよかったのだ。「お互いさま」の一言で、友だちでいられる。

「……あとで、リンに礼を言わねぇとな」

 独り言のつもりだったが、意外と声量が大きかったらしい。隣のセドリックが「うん」とうなずいた。



**あとがき**
 エドガーのキャラ設定を考えてるときから、執筆したいと思ってた話。文字にしてみると、なんか上手く伝えられないなと思いました。もっといろいろ葛藤があったと思うのですが、文章にできてない。反省です。
 外見や性格などはセドリックと対のイメージで設定してますが、根幹は似てる。っていうのをイマイチ上手に表現できない。

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