| 友人たちと合流し、一部に文句や小言を言われながら馬車に揺られ、ホグズミード駅に到着した。そこからホグワーツ特急に乗り込み、いつものように手頃なコンパートメントに落ち着く。
窓際に座ったリンは、窓枠に頬杖をついてぼんやりした。窓から見える空には雲一つなかった。文句なしの晴天である。リンの心とは正反対だ。
溜め息をつくリンの膝の上で、スイは心配そうに彼女を見上げた。ふらっと消えて戻ってきてから、ずっとこんな調子だ。何かあったのだろうか……。ハンナたちも心配なのか、リンをそっとしておきつつも視線をちらちら向けている。
「あの、リン? ほんとうに、なにかあったの?」
しばらくの逡巡のあと、ハンナがおずおずと質問をした。リンは瞬きをして、ハンナの目を見る。ハンナは頬を赤らめて「ごめんなさい」と謝った。
「話したくないなら、いいの」
実を言うと、いまの質問は二度目であった。すでに一度、リンがハンナたちの元へと帰ったときに、まったく同じセリフで尋ねられていたのだ。その際にリンは「べつに、ただの私情だよ」とだけ返し、そこでみんなは引き下がった。
先ほどのハンナの謝罪は、同じ質問を繰り返したことを気に病んでのものだろう。もしくは、すんなりと言わないリンの気持ちを推し量って配慮しているのか。
そこまで考えて、リンはどこか苦い気持ちを抱いた。友人たちにそこまで遠慮させるのは、なんとなく気が引ける。まるで病人の様子をうかがうような、浮かない表情も、させたくないなぁと思った。
「……話したくないわけじゃないんだよ」
リンが静かに言うと、ハンナたちが視線を向けてきた。自分を見つめてくる彼らから視線を外さないように心がけながら、リンは言葉を続ける。
「ただ……その、どうして気分が晴れないのか、自分でもわからなくて。君たちにうまく説明できる自信がないだけ」
ごめんと謝ると、ハンナやアーニーから「気にしないで」と返される。スーザンとベティは顔を見合わせ、ジャスティンは珍しく無言で呆然とリンを見つめていた。
それきりシーンと静まり返ってしまった場のなかで、スイは困った顔をした。どうしよう、空気が重い。だれかムードブレイカー来ないかな。っていうか来い。
スイの念が通じたのか、不意にコンパートメントのドアがノックされた。みんなが視線を向ける。苦笑するセドリック・ディゴリーの姿があった。いちばん出入り口に近いアーニーが慌ててドアを開ける。
「えっと……微妙なタイミングでお邪魔しちゃって申し訳ないんだけど、リンを借りてもいいかな。ちょっと話があって」
「どうぞどうぞ遠慮なく」
なぜかベティが返事をした。ジャスティンがムッとして口を開きかけたが、ハンナとスーザンに抑えられる。アーニーは苦笑いだ。友人たちの様子に疑問を感じつつも、リンはコンパートメントを出た。スイはなぜかついてこなかった。
がんばれと尻尾を振ってくる相棒に首を傾げながら、リンはセドリックのあとについて、車両の端にいった。
「お話って何ですか?」
向き合ったところで促すと、セドリックは困ったように眉を下げて「前にも言ったんだけど……」と始めた。
「第三の課題のとき、助けてくれてありがとう」
「……お礼なら課題の翌日にもらいましたし、重ねてはいりませんよ?」
「あ、うん。くどいのは分かってるんだけど、父さんと母さんに、もう一度よろしくって頼まれてて」
「そうですか。では今回は受け取っておきますね」
次回以降はもう結構ですからと念を押せば、セドリックは苦笑混じりに「二人にも言っておくよ」と頷いた。それを聞いてリンがほっと肩の力を抜き、それきり会話が途切れた。ガタゴト、揺れに合わせて列車が立てる音が場に満ちる。
セドリックが沈黙しているので、リンのほうから口を開いた。
「あの、セドリック。第三の課題の前に、課題が終わったら話があるとおっしゃいましたけど、何だったんですか?」
沈黙がさらに重くなった、ような気がした。セドリックは表情を硬くして「……あー……うん……」と言葉を濁す。いつになく歯切れの悪い彼を見て、リンは首を傾げた。もしかして、まずいことを言っただろうか。
「えっと、無理に話していただかなくても結構なのですが」
「……ごめん」
気遣うリンに、セドリックは眉を下げる。今日の彼はそんな表情が多いなと、リンは思った。
「なんというか、伝える自信をなくしちゃって……また今度言うよ」
「……そうですか。分かりました」
自信なんて、つけづらくて、なくしやすいものだ。そんなものよりタイミングのほうが重要なのだから、気にせず言えばいいのに。……などと考えたリンだったが、セドリックのために言わずにおいた。彼なりに譲れないものがあるのだろう、きっと。
「では、私は戻りますね」
「あ、うん。時間を取ってくれてありがとう。よい休暇を、リン」
「……はい。セドリックも」
にっこり笑って、リンは踵を返した。早足で歩きながら胸元を押さえる。予期せぬところで“同じセリフ”を聞いてしまって、自分が少なからず動揺しているのが分かった。うまく笑えただろうか。
きゅっと唇を引き結んで、リンはコンパートメントのドアを開けた。途端ベティから「何の話だったの?」と聞いてくる。あまりの勢いに吃驚しつつも、リンは「課題ではありがとうって言われた」と返した。
リンの返答を聞いて、みんなそれぞれの反応を見せた。スイと女子メンバーはがっかりして、ジャスティンは安堵の息をつき、アーニーは苦笑した。わけが分からない。リンはスルーして、自分の席に戻った。
また窓の外を眺め、ぼんやりと思考にふける。ヴォルデモートが戻ってきて、このさきどうなるのだろうか……ダンブルドアは対抗する気だが、具体的にどうするつもりなのか……来年は、何が起こるのか……。
そこまで考えて、リンは身体の力を抜いた。先のことなど、いま心配しても仕方ない。なるようになる。
膝の上にいるスイを撫でて、リンは小さく笑いかけた。
4-66. 曖昧に終わる
第 4 章 完
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