ジャラリ、ドサリ。重い音が、リンの鼓膜を刺激した。

「君たちの賞金だ。一千ガリオン。授賞式が行われる予定だったが、この状況では……」

 そっけない声音。続いて、バタンとドアが閉まる音。それから、老人の声……ダンブルドアだ。なにか深刻な響きを孕んでいる。何人かが動く気配……。

 ゆっくりと、リンは意識を覚醒させた。ひどく頭がぼーっとする。身体も重く、気だるい。瞼を持ち上げることすら億劫に感じる。それでも力を入れて、リンは目を開けた。白い天井が見えた。すごく既視感がある光景だ。

 首を回して、頭を横に向ける。ケイとヒロトがスヤスヤと眠っていた。脱力しかけつつ、反対側を向く。ジンがいた。ダンブルドアのほうを向いていたが、リンが動く気配を感じてか、視線を向けてきた。目が合い、しばらく見つめ合う。

「………リン?!」

 数秒の硬直ののち、ジンが目を剥いた。珍しいと思うリンへと、さらに視線が突き刺さる。スイが飛びついてきて、ハリーやシリウスたちが口々に名前を呼んできて、ジンが「目覚めてくれてよかった」と手を握り締めてくる。と思ったら、ハルヨシがスイを引き剥がして「気分はどうだ」と覗き込んでくる。

 すごく慌ただしい空間だ。そんなことを思いながら、リンは曖昧に笑って答えておいた。声が掠れて出てこないのだ。というか、こんなに騒々しいのに眠り続ける従弟たちが凄まじい。いくら防音の結界を張られているとはいえ、呑気すぎる。

「……ふむ。リンの目覚めを確認して安心したことじゃし、続けようかのぅ、セブルス、シリウス」

 ダンブルドアが言った。リンが目を向けると、ちょうどシリウスとスネイプが向き合って(睨み合って)立っているという謎な場面だった。

「二人とも、握手するのじゃ。君たちは同じ陣営なのじゃから、結束して事に当たらねばならぬ。敵意はしばらく棚上げじゃ」

 その言葉が聞こえているのかいないのか、二人はギラギラと、視線で射殺さんばかりの目つきで互いを睨みつけている。そのまま数秒が経過し、リーマスが軽く咳払いするも効果がない。ダンブルドアがイライラした声を出した。

「二人とも、妥協せんか。……リンが心を痛めておるじゃろう」

 え、なんでここで私。吃驚するリンへと、男二人が視線を向けてくる。突然の意味不明な流れにどうすればいいか分からず、当惑したリンはとっさに目を伏せ、何もない空間のなか視線を彷徨わせた。どうしよう、気まずい。

 一瞬の沈黙のあと、シリウスが舌打ちし、同時にスネイプも鼻を鳴らす。そして、二人は(睨み合ったまま)ゆっくり歩み寄り、握手し、あっという間に手を離した。ダンブルドアが溜め息をついた。

 それから、指示を受けてシリウスとリーマスが去り、スネイプも去った。ダンブルドアが、話の続きがどうとかでディゴリー一家を連れて(ハリーたちの前ではやりづらい話なのだろう)医務室から出ていく。ハルヨシは本家に連絡をしなければと、なぜかスイを手に持ったまま退室した。ジンも、ケイとヒロトをベッドに寝かすため、二人を連れて空間移動をした。

「……さあ、ハリー。残りのお薬を飲まないといけませんよ」

 数秒の沈黙のあと、ウィーズリー夫人が口を開いた。薬瓶から、紫色の液体をゴブレットに注ぐ。薬を受け取ったハリーは、一気に飲み干した。そして、枕に倒れ込み、眠りにつく。それを見たあと、リンも目を閉じ、意識を暗闇に溶かした。

**

 翌日、リンの一日は、スイとジンからの説教で始まった。心配したんだと涙ながらに言われ、なんとなく罪悪感と同時に理不尽さを感じた。自分だって好きで巻き込まれたわけじゃないというのに。

 それが終わったあとは、自分が寝ている間に起こった、あるいは明らかにされたことについて、ジンから説明を受けた。細部まで詳しく説明してくれたジンの記憶力と表現力は本当にすごい。ハリーが眠っている間に話すという気遣いも素晴らしい。

 ヴォルデモートの復活、彼の部下であるメイガとヨシノ家の確執、ムーディの正体、ダンブルドアとファッジの決別など、注目すべき点はたくさんあった。しかし、リンが個人的に気になったのは、ミニチュア・ショート‐スナウトの最期と、そのなかから現れたという影のことだった。

「………」

 ハッフルパフ寮の自室から取り寄せてもらった鉢植え植物に触れて、リンは目を伏せた。いつだったか、ミニチュアが鉢植え植物に絡まっていた。たしかその翌日からだ、ミニチュアがスイと喧嘩をしなくなったのは。ずいぶんと物静かで理知的になったミニチュアの雰囲気は、考えてみればたしかに“彼”に似ていた。

 思い返しながら、鉢植え植物に指を滑らせる。試合を観に行く前はまだ瑞々しかったのに、いまやすっかり枯れてしまっていた。……あとで禁じられた森にでも葬りにいこう。できれば鉢のなかの土ではなく、生きている自然の大地に還したい。そんなことを考えるリンの横では、ジンとスイが意味深げに視線を交わしていた。

 そのとき、リンの視界の端で何かが動いた。瞬きをして、顔を向ける。ハリーが目を覚ましていた。眼鏡をかけた彼と目が合う。どちらからともなく曖昧に笑みを浮かべた。

「おはよう、ハリー」

「おはよう、リン。……なに見てるんだい?」

 鉢植え植物に、ハリーが関心を示した。ジンとスイがなにやら焦る素振りを見せるが、リンは至ってふつうに「植物だよ」と返す。すかさずハリーから「植物なのは見れば分かるよ」と返ってきた。相変わらずボケた会話だとスイは脱力した。

「なんて名前の植物?」

「さぁ。もらいもので……何かは、教えてもらえなかったから」

「だれからの贈り物か、聞いてもいい?」

「……クィレル先生」

 少しだけ目を伏せて、ぽつりと名前をこぼしたリンに、ハリーが目を丸くした。それから困ったように眉を下げ、気まずそうに視線を彷徨わせる。ジンやスイを一瞥したあと、ハリーはまたリンを見た。

「……あの、さ。嫌なら答えなくていいんだけど……、リンにとって、クィレル先生はどんな人だったの?」

 リンがゆっくり瞬きをした。じっとハリーを見て、鉢植え植物に視線を移し、瞳を揺らす。しばらくの沈黙のあと静かに開かれた口は、ほのかに笑みをたたえていた。

「すこし不器用でぎこちないけど、やさしくてあったかいひとだったよ」

「……そっか。僕が昨日見たクィレル先生も、そんな感じだったよ」

 消える直前に、穏やかで優しい目をして、リンの頭を撫でていた。そう言うと、リンは目を瞠ったのち、微笑んだ。彼女の目に水の膜が張ったのは気のせいということにして、ハリーもジンもスイも、リンから意識を外した。

4-64. 決別
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