ハリーは、自分の身体が地面に叩きつけられるのを感じた。芝生に押しつけられ、草の匂いが鼻腔を満たす。突然、音の洪水が耳になだれ込んできた。四方八方から声がする。足音と、叫び声。騒音。頭が混乱する。

 目を閉じたまま、ハリーは動かなかった。身体中の力が抜けてしまったようだった。頭がひどくグラグラして、地面が揺れているような感じがした。額の傷跡が痛む……。

「ハリー! ハリー!

 二本の手が、乱暴にハリーを掴み、仰向けにした。ハリーは目を開ける。星が輝く空をバックに、アルバス・ダンブルドアがハリーを覗き込んでいた。そのほか大勢の黒い影が、二人の周りを取り囲む形で、だんだん近づいてくる。

 ハリーは優勝杯を離し、リンはしっかり引き寄せたまま、空いた手でダンブルドアの手首をとらえた。かすかに目を見開いたダンブルドアに、囁きかける。

「あの人が戻ってきました……ヴォルデモートが、戻ってきたんです」

「何事かね、ダンブルドア? 何が起こっている?」

 コーネリウス・ファッジの顔が現れた。愕然としている。

「なんと、ヨシノ! カルカロフに誘拐されたはずでは? これはいったい ――― ではディゴリーは? 彼はどこにいる?」

「セドリック ――― 先生、セドリックはカタツムリにされたんです。リンがどこかに転送して……リン! 先生、リンが大変なんです! メイガとかいう男に、」

「ハリー、ひとまず落ち着きなさい」

 思いつくままにまくしたてるハリーを遮って、ダンブルドアが強い語気で言った。老人とは思えない力でハリーを抱き起こし、リンから手を離させ、立たせる。よろめくハリーの耳に、ジン・ヨシノの悲鳴が届いた……リンの名前を叫びながら、近づいてくる。

「ハリー、ここにいるのじゃ。わしはリンをハルのところへ連れていき、彼と少し話さねばならん……おお、アラスター、ちょうどよい。ジンを宥めてくれんかの?」

「いや、わしがポッターについていたほうがいいだろう……」

 頭上でなされる会話を、ハリーはぼんやりと聞いた。傷跡がズキズキして、いまにも吐きそうだ。視界がぼんやり霞んでくる……。だれかがハリーの腕を掴んだ。

「大丈夫だ、ハリー……わしがついているぞ……医務室へ行こう……」

「でも、ダンブルドアがここにいろって言った……」

「おまえは横にならなければならんのだ。さあ、行くぞ」

 強い力に引きずられる形で、ハリーは歩き出した。ざわめきが耳に入ってくるが、どの音もぼやけていて、ハリーにはっきりと聞こえるのは、自分を支えて歩かせているだれか ――― ムーディの荒い息遣いだけだった。

**

 ムーディの部屋でたくさん話を聞いて、校長室でたくさん話をして、そうしたゴタゴタを終えたあと、ハリーは、ダンブルドアたちに付き添われて医務室に向かった。歩きながら、さまざまなことが頭のなかに浮かんできた。

 ムーディの正体が、ポリジュース薬で変身したバーティ・クラウチ・ジュニアによる成りすましであったこと……クラウチ・ジュニアが、ハリーとリンをヴォルデモートに提供するため、今学期に画策と暗躍を行ったこと……シリウスやルーピンの前で、ダンブルドアにヴォルデモートの復活について話したこと……。

 トランクに幽閉されていたマッド‐アイ・ムーディ……夢で見た、クラウチ氏の最期……クラウチ・ジュニアに「服従の呪文」をかけられ、リンを「移動キー」で墓場に連れてきて、最後にはメイガによって殺されたカルカロフ……。

 蘇ったヴォルデモート……彼の演説……繋がった杖によって起きた不思議な現象……木霊として現れた父と母……メイガとヨシノ一族との確執……それから、リンを守った、あの不思議な影……。

 リンを助けた“彼”について話したとき、ダンブルドアはひどく驚いていた。瞠目して、やがて目をそっと伏せ、静かに呟いた ――― ほんとうに、愛とは不思議で偉大な力じゃのぅ……。その言葉が、とても印象に残っている。

 そこで、医務室に到着した。ダンブルドアがドアを開けると、たくさんの人がいた。四人が入室すると、みんな一斉に振り返った。ウィーズリー夫人、ビル、ロン、ハーマイオニーが、ハリーの名前を叫んで駆け寄ってくる。しかし、ダンブルドアがそれを制した。

「ハリーは今夜、恐ろしい試練をくぐり抜けてきた……そして、わしのためにそれを再現してくれたばかりじゃ。いまハリーに必要なのは、安らかで静かな眠りじゃ。そばにおってもよいが、質問をしてはならぬ。よいな」

 みんなが頷いた。ダンブルドアはニッコリして、ハリーをベッドへと誘った。清潔な医務室用パジャマを腕に抱え、手にはゴブレットと小瓶を持ったマダム・ポンフリーが、せかせかと近づいてくる。それを一瞥して、ダンブルドアは視線を移した。

「リンとセドリックの様子はどうじゃ?」

 二つの名前にハッとして、ハリーは、ダンブルドアの視線を追い、身体ごと振り返った。二つ隣のベッドを、スイ、ジン、ケイ、ヒロトが囲んでいる。そこから少し離れたところに、セドリックが人間の姿に戻り、両親に付き添われて座っていた。両者の中間地点に直立していたハルヨシが、代表して口を開く。

「どちらも大きな問題はなさそうだ。リンにはわれわれの魔力と精力を少し送り込んだから、じきに目を覚ますだろう。ディゴリー少年も、しっかり回復している。術の副作用も見られない」

「それを聞いて安心した。ありがとう、ハルヨシ」

「癒者として当然のことをしたまで。礼には及ばない。……ところで」

 謝意をクールに受け取ったハルヨシが、シリウスとルーピンへと視線を向けた。それからハリーに目を留め、またダンブルドアを見る。

「今夜のことについて、ポッター少年から話を聞いた者から、その記憶を取り出して情報を得る……という行為は、やはり咎められる行為だろうか」

「相変わらず回りくどい言い方をする野郎だな。してもいいかって、ふつうに聞けよ」

 呆れ顔のシリウスが言った。話しぶりから判断するに、面識があるらしい。そういえばホグワーツの先輩後輩なんだっけ……ハリーはぼんやりと思った。頭上から、ダンブルドアの笑い声がする。

「ハリー、シリウス、リーマスの三人がよければ、構わんよ」

 それを受けて、ハルヨシがハリーを見る。ハリーは思わず背筋を伸ばして、構わない旨を述べた。今度はシリウスとリーマスへ視線が向く。同様のことがなされた。

「ファッジに会わねばならん……しかし、そのまえに少し時間を取れそうじゃ。セドリック、そしてディゴリーご夫妻、今夜のことでお話ししたいのじゃが、よろしいかの」

 突然の指名に驚きつつも頷いたディゴリー一家を連れ、ダンブルドアが静かに退室した。マダム・ポンフリーが、ハリーにパジャマを渡し、ベッドの周りのカーテンを閉め始める。一番隅のベッドに横たわる本物のムーディが、ちらりと目に入った。

「あの人は大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよ」

 きびきびしたマダムに促されるまま、ハリーは着替え、紫色の液体(魔法睡眠薬)を二、三口飲み、意識を手放した。

4-63. 帰還
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