……それで、メイガよ

 自分の身体と魔力を調べ終えたヴォルデモートが、出し抜けに言葉を放った。メイガの身体が跳ねる。暗闇に浮かぶ青白い部下の顔を、ヴォルデモートは無表情で見下ろした。

おまえが言った『新たな力』とやらは、いまの俺様に備わっていないように感じるが、そのあたりはどうなっているのだ? おまえは俺様に言ったはずだ……小娘を使って、ヨシノの特別な力を俺様に宿すことができると

「我が君、私は努力いたしました……ですが、私には対処できない不測の事態が起きたのです……なにかが、あの小娘を守護していたのです」

つまり、失敗したと?

 冷たい声にメイガが萎縮した。申し訳ありません……小さな謝罪が、震える口から漏れる。ヴォルデモートは部下を見下ろしたまま、何やら思案をした。

……まあ、いいだろう。身体を取り戻すという第一の目的は達成された……ハリー・ポッターの血も取り込めた……本人も我が手中にある……これ以上の成果は得られなくとも仕方あるまい

 自分に言い聞かせるような口調だ。おそらく内心では少なからず失望しているのだろう。ハリーは、彼の表情からそれを読み取った。メイガがもう一度謝罪の言葉を述べると、ヴォルデモートは片手を、まるでその言葉を弾くかのように振った。

もうよい。過ぎたことを言っても詮無きこと……メイガ、そのことでおまえを責めるまい。おまえはこの計画に関して、実によく働いてくれた。褒めてつかわそう

「我が君……お慈悲を感謝いたします。お褒めのお言葉も、ありがたき幸せ……」

腕を伸ばせ、メイガよ

 急かすようにヴォルデモートが言うと、メイガは素早く左腕を差し出し、自分でローブの袖をまくり上げた。ハリーが目を凝らすと、生々しい刺青のようなものがあるのが分かった。髑髏だ。口から蛇が飛び出している髑髏 ―――「闇の印」だ。クィディッチ・ワールドカップで空に現れたものと同じもの。

 その印を丁寧に調べて、ヴォルデモートは「戻っているな」と呟いた。そして、長く青白い人差し指を、その印に押し当てた。途端、ハリーの額に激痛が走った。傷跡が焼けるように鋭く痛む。苦痛に顔を歪ませたハリーは、ヴォルデモートが印から指を離すのを見た。

……さて、これを感じて、戻る勇気のあるものが何人いるものか

 赤い目をギラつかせて天の星を見据え、ヴォルデモートが呟いた。

そして、離れようとする愚か者が何人いるか……

 煙を上げて焼け焦げた腕を押さえながら、メイガが低く笑った。その横をヴォルデモートが通りすぎる。メイガとハリーの間とを往ったり来たりしつつ、墓場を見渡し、ぽつぽつと自分の父親について語り出した。かと思えば、低く自嘲する。

俺様が自分の家族の歴史を物語るとは……なんと、俺様も感傷的になったものよ……しかし、見ろ、俺様の真の家族が戻ってきた……!

 マントを翻す音があたりにみなぎった。墓場の至るところから魔法使いたちが「姿現わし」していた。全員フードをかぶり、仮面をつけている。ゆっくりと近づいてくる彼らに、メイガが嫌悪感を剥き出しにした。



 輪になって並んだ死喰い人に対して軽く演説を行ったあと、ヴォルデモートは何人かの死喰い人に個別に話しかけた。そのあとルシウス・マルフォイの質問を受けて ――― いま自分がハリーに触れることができることを確認したのち、この十三年のことを語り始めた。

 ハリーの母親による守護のせいで、呪文が自身に跳ね返ったこと。その結果、霊魂にも満たない、ゴーストの端くれにも劣るものになったこと。肉体を持たないために、どの生物よりも力のない存在となったこと。杖が使えず、自身を救う術がなかったこと。

 遠く離れた地で森の中に棲みつき、ただ存在し続けることに力を尽くしたこと。だれか忠実な死喰い人が探しにくることを待ったが、無駄だと悟ったこと。ほかの肉体に取り憑く力を使って、動物たちに取り憑いたりしたこと。

そして……四年前のことだ……ある魔法使いが、我が住処としていた森に迷い込んできた。愚かで騙されやすい若造で、やすやすと俺様の思いのままとなった。さらにそいつは、幸運にもホグワーツの教師だった

 誰のことか分かったハリーは、無意識に身体に力を入れた。こんな物言いをされて、なんて浮かばれないことだろうかと、悔しくなった。

……しかし、賢者の石を手に入れることはできなかった。まずハリー・ポッターに邪魔され、そして下僕に裏切られたからだ……間一髪、道連れにされることは避けたが、またしても俺様は無力な存在になった。そして、もとの隠れ家に戻った俺様は、もう二度と力を取り戻せないのではないかと恐れた……我が死喰い人たちが探しにくるという望みを、そのときの俺様は捨てていた……

 輪のなかの死喰い人が数人、ばつが悪そうにもぞもぞした。メイガは熱のこもった目で主人を見つめる。ヴォルデモートがマントを翻した。

しかし、ほとんど希望を失いかけたとき、ついに事は起こった……一人の死喰い人が戻ってきた。メイガが。俺様が力を失ったのち、一族の者に捕らえられ身動きが取れない状態にあったが、その拘束を脱し俺様の元へとやってきた。それも手ぶらではない。俺様の役に立つ術を多く持参した。なんと素晴らしい部下であろうか

 メイガの瞳に誇らしげな光が宿った。ほかの死喰い人たちに視線を向けて、挑発的に笑みを浮かべる。それを放置して、ヴォルデモートは話を続ける。

 たまたまメイガがバーサ・ジョーキンズを発見して連行してきたこと。彼女からワールドカップや三校対抗試合、もう一人の死喰い人についての情報を得たこと。メイガの協力で仮の身体を得て、精力を回復させたこと。

 そして、昔通りの身体と魔力を蘇らせるため、ここに来たこと。蘇生に必要な材料としてハリーを手に入れるために、いろいろと画策したこと……。

そしていま、この通り、小僧はここにいる……俺様の凋落の元になったと信じられている、ハリー・ポッターが……

 ヴォルデモートはゆっくり進み出て、ハリーのほうに向き直った。その手のなかの杖が空を切る。

クルーシオ!

 これまで経験したどんな痛みをも超える激痛が、ハリーを襲った。自分の骨が燃えているかのような、額の傷跡に沿って頭が割れているような、両目が頭のなかでグルグル回っているような、そんな感覚。気を失ったほうが……いや、いっそ死んだほうがマシだ……。

 ふと痛みが過ぎ去った。ハリーはぐったりと墓石にもたれ、霞む視界のなかで赤い目をぼんやりと見上げていた。死喰い人の笑い声がかすかに耳に届く。

見たか。この小僧が俺様より強かったなどと一瞬でも考えることが、なんと愚かしいことか……しかし、だれの心にも間違いのないようにしておきたい。ハリー・ポッターが我が手を逃れたのは、単なる幸運だったのだと。いまここで、おまえたちの目の前で、こやつと決闘し、こやつを打ち負かし、こやつを殺して、俺様の力を示そう

 縄目を解いて杖を返すよう、ヴォルデモートはメイガに命じた。

4-61. 死喰い人
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