「……だから俺は、ハリー・ポッター、貴様が憎くて仕方がないのだ」

 炎が再びメイガの目の奥で燃え上がっていた。ギラギラ光る目がハリーの額を睨みつける。

「たいした強さも持っていないくせに、母親の自己犠牲とやらで生き延びて。俺にとって唯一の拠り所である闇の帝王の身を破滅させ。……何度、貴様の息の根を止めてやろうと思ったことか」

 フッと息を漏らし、メイガはふと無表情になった。ハリーはどきりとした。ジンやリンの無表情に、どことなく似ている。ハリーはここで初めて、メイガがヨシノの人間だと納得した。

「……俺は間違っていると、世間のやつらはそう言う。だが、俺はそうは思わない。俺は自分の居場所を求めただけだ。憐憫を向けられることも嘲笑されることもない、自分を受け入れてくれる居場所を求めただけ。おまえにも覚えがあるだろう? 俺の場合、それが闇の帝王の元だっただけだ」

 それでも俺は間違っているのか? 静かな声音で尋ねられて、ハリーは答えが出せなかった。間違いだと言い切りたかったが、しかし彼の気持ちが理解できてしまう自分もいたのだ。自分を受け入れてくれるやさしい場所を心から求めていた、過去の自分が……。

 瞬きすらできずに、ただ、感情の見出せない黒い目と向かい合う。数秒の沈黙のあと、再びメイガが語り始めた。

「闇の帝王が倒れたあと、俺は彼の復活について研究した。闇雲にただ探しても、いざ見つけたときにお役に立てないのでは馬鹿だろう? ついでに、闇の帝王の力をより強大にするために、ヨシノの特殊能力を譲渡する方法も研究した……」

 その言葉を聞いて、ハリーは、いま彼がリンに何をしようとしているのかを理解した。リンへと視線を向ける。白い光が着々と模様を完成させていく。……魔力を失ったら、魔法使いたちはどうなってしまうのだろう? 不安を募らせるハリーをよそに、メイガは語り続ける。

「……だが、邪魔が入った。ヨシノのやつらが俺の居場所を嗅ぎつけて捕まえにきた。当然ほとんどは返り討ちにしてやったが。しかし最後には……通りすがりだかなんだか知らないが、あの女に吹っ飛ばされて、無様にも捕まった。おかげで十二年間、監禁と監視で身動きが取れなかった……十年目あたりから緩くなり、最終的には脱出してやったが、まったくの無駄を食わされた」

 盛大に顔を歪めて、メイガが舌打ちをする。「あの女」と形容された人物について、ハリーはもしかして……と思った。一人、思い当たる人がいる。ハリーの表情から読み取ったのか、メイガが鼻を鳴らした。

「ご名答。あの小娘の母親のことだ。だから今回の贄としてあいつを選んだんだ。あの女を捕まえるには骨が折れるし、そもそも贄としては純潔の乙女が最適だからな」

 メイガが薄く笑った。逆恨みの八つ当たりもいいところだ。ハリーが顔をしかめたとき、不意に白い光の輝きが強くなった。メイガとハリーがそろって目を向ける。リンを囲む光の模様が、あと少しで完成しようとしていた。

「……ああ、ついに、闇の帝王に“力”をお渡しできる」

 熱に浮かされた声が、メイガの口から漏れる。その瞳は鈍い色に輝き、狂喜的な笑みが顔に浮かんでいる。なんとか彼の邪魔をしようと、ハリーが身体に力を込める。そのとき、リンの身体のあたりで、金色の光が現れた。その光は、ふーっと浮き上がって、どんどんまぶしくなる。ぶわりと、リンを中心にして風がうねった。

 メイガが硬直する気配を感じながら、ハリーは目を細めて金色の光を見た。光の中心に黒い影が見える……小さくて、爬虫類みたいなシルエットだ。ハリーは瞬きをした。ハリーの考えが間違っていないとしたら……あれは、リンが最近よく連れているミニチュアドラゴンだ。

 模型が光るなんてと愕然とするハリーの視線の先で、白い光の模様が完成してまばゆく光り、かと思う間に、白い光がミニチュアのほうへと吸収されて、消えた。途端、メイガの周りの空気が膨れ上がった。怒りの唸りと鋭く空気を裂く音とともに、杖先がミニチュアへと向けられる。そこから飛び出した光線がミニチュアに当たった。

 一拍ぶんの沈黙ののち、ミニチュアが爆発した。その身体のなかから薄灰色の靄〔もや〕のようなものが発生して、リンを覆うように巻き上がった。ハリーとメイガが呆然と見つめる先で、それは徐々に形づくられていく。メイガが持つ杖がかすかに震えるのが、ハリーの視界の端に映った。そしてついに、煙がしっかりした形を取った。人の姿……ゴーストに似た姿だ。特徴的な頭部を見て、ハリーの心のなかで、まさかと憶測が生まれる。

 それに呼応するように、ゴーストらしきものが俯き気味だった頭部を持ち上げた。瞬間、メイガの杖から再び光線が飛ぶ。しかし弾かれた。杖すらもメイガの手から吹っ飛んで、地面へと落ちた。愕然とするメイガを視線でとらえ、ゴーストの目が鋭く煌めく。

 彼女に、危害は加えさせない。そんな声がハリーに届いた。メイガにも届いたらしい。恐怖に息を呑む音が聞こえた。同時に、ゴポリ、泡立つ音。メイガはハッと大鍋に目を向ける。逡巡したあと、ゴーストに目をやって駆け出し、杖を拾ってから大鍋へと駆け寄った。

 取り残されたハリーはゴーストを見つめ続けた。打って変わって柔らかい雰囲気でリンのそばにかがみ、そっと彼女の頭を撫でている。リンを見つめる目がとても穏やかで優しいのを見て、ハリーは不思議に思った。彼のそんな目を、ハリーは見たことがない。これもハリーが最後の最後まで気づかなかった彼の一面なのだろうか……。

 不意に彼が顔を上げ、ハリーのほうを見てきた。目が合う。ぎこちない不器用な笑みが向けられた。……彼女をよろしくお願いします。そんなことを言われたような気がして、ハリーは思わず頷いた。

 その直後、大鍋のほうから火花が散る音がした。ゴーストが空気に溶けるように消えるのを見届けて、ハリーはそちらに目を向けた。

 大鍋から白い蒸気がうねり立ち昇っている。その横にメイガが片膝を地面につける形でうずくまり、息を荒くしながら、やや青ざめた顔で、大鍋の中から現れた影を見つめていた。骸骨のように痩せ細った、背の高い男の黒い影だ。

……ローブを着せろ

 冷たい声が言った。メイガは素早く立ち上がり、用意していた黒いローブを主人に着せた。そして再び片膝を地面につき、主人が大鍋をまたぐのを見守った。

 痩せた男はじっとハリーを見つめた。ハリーも見つめ返した。その顔をハリーは知っていた。骸骨よりも白い顔、細長くて真っ赤で不気味な目、蛇のように平らな鼻、切れ込みを入れたような鼻の穴……。

 ヴォルデモート卿が復活した。ハリーは、あまり働かない頭の片隅でそう認識した。

4-60. 誤算
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