ついに「第三の課題」が始まった。スタンドの一番下の一番端、審査席に一番近い位置に座ったリンは、溜め息をついた。

 横と後ろから聞こえてくる歓声がうるさい。一番上の端がよかったのに、ベティやハンナが近くで見たいと言ったため、こんな場所になってしまった。生け垣の迷路が透かして見えるわけでもないのに、なぜ近くを希望するのか。リンには解せない。

 自分とスイとミニチュア・ショート-スナウトの周りに防音の結界を張って、リンは視線を滑らせた。代表選手全員が迷路に入り、歓声は少しだけ落ち着いたが、今度は推測を語り合っている。

 スタンドの中ほどの段に、ジンがいた。ケイとヒロトの横に座っている。どうやら彼らを監視しているらしい。反対隣にいるクリービー兄弟が、無口無表情のジンをチラチラ見ては恐縮していた。

 救護テントを見ると、マダム・ポンフリーが、ジンの父親かつ癒者であるハルと話していた。三校対抗試合の最終課題という大きなイベントなので、呼ばれたらしい。ひょっとしたら、今日クラウチの代理として審査員を務めるコーネリウス・ファッジの要請があったのかもしれない。どこか心配性なきらいがあるファッジのことだ、凄腕の癒者がいた方が心強いのだろう。

 それにしても、なぜファッジが来たのか。リンは疑問に思った。クラウチが体調不良で現れないのは、いまや恒例のことになっているから、べつに構わない。しかし、その代理として魔法省大臣のお出ましとは、何事だろうか。いままではパーシーが来ていたのに、なぜ今日はファッジなのか。最終課題なので、賞金などを渡すのに都合があるからか。それとも、パーシーを含めた「国際魔法協力部」に、何か不祥事でも起こったのか。

 静かに思考を巡らせるリンの腕に、不意にミニチュアの尻尾が当たった。リンは意識を戻し、自分の肩にいるミニチュアと、膝の上にいるスイとを順に見た。スイは緊張したように尻尾をピンと立たせ、強張った顔で前方を見ていた。

 視線を前方に向けたリンは、目を見開いた。ムーディが急ぎ足で向かってくる。その後ろに浮かぶ担架にはフラー・デラクールが乗っていた。ひどくボロボロで、肌は白く、気を失っている。

 ファッジやバグマンが仰天し、マダム・マクシームとダンブルドアが急いで彼らに駆け寄る。フラーの家族たちも、血相を変えて観客席から飛び出した。

「いったい何があったんだ?」

 状況を把握するために結界を解いたとき、アーニーが絶望的な顔で叫んだ。フラーが救護テントへと運び込まれ、ムーディが迷路の巡回に戻るのを見ながら、リンは「分からない」と呟いた。

 膝に乗っているスイの身体が震えている。リンは優しく彼女の身体を撫でてやった。時折、ポンポンと背中を叩いてやる。

「……あのひと、大丈夫かしら」

 呟きを拾って、リンは視線を滑らせた。青ざめた顔をしたハンナとスーザンの間で、ベティが救護テントを凝視している。フラーを嫌っている彼女だが、さすがに心配になったらしい。

「ハルさんは名癒だから、たぶん大丈夫だよ」

 気休め程度にしかならないだろうとは思っていたが、リンは言っておいた。ハンナが腕にしがみついてきたので、彼女の頭もポンポン撫でてやる。ジャスティンが視線を向けてきたが、それは無視しておいた。

 やがてフラーと彼女の家族が医務室へと搬送され、それから十数分後、さらに落伍者が出た。フリットウィックの担架に乗せられて現れたのは、なんとクラムだった。一見無傷のようだが、固く目を閉じ、ピクリとも動かない。

 カルカロフが血相を変えてクラムに駆け寄ったのを見て、リンは、少し不快な気分になった。先ほどフラーが運ばれてきたときは平然と、それどころか僅かに笑っていたくせに。

 スタンドのざわめきは、どんどん大きくなっていた。ボーバトンとダームストラングの選手が脱落したので、ホグワーツが優勝する可能性が非常に高い。その興奮の一方で、ホグワーツ生たちはみな緊張と心配をしていた。

「あのクラムが落伍なんて、信じられない……迷路では何が起こってるんだ?」

 クラムと彼の家族、それからカルカロフまでもが医務室へと行ったあと、アーニーが再び絶望的な声を出した。彼の隣にいるジャスティンが「そんなこと、誰にも分かってないさ」と返す。その横のスーザンが祈るように目を閉じた。

 なにやら言い合い出す友人たちを放置して、リンは、膝の上のスイを心配そうに見下ろした。先ほどからガタガタと震えている。顔も、猿であるため分かりにくいが、真っ青だ。

「無理だ……やっぱりあれじゃダメだ……やばい……」

「……スイ、大丈夫?」

 ぶつぶつと呟くスイを案じて、リンが声をかける。途端、バッと勢いよくスイが顔を上げた。見開かれた目に凝視され、思わずリンがたじろぐ。それを気にせず、スイはリンの袖口を掴んだ。

「リン、頼む。お願いだから、セドリックが優勝杯を掴むのを止めて!」

「……え?」

「早く!」

「え、待って、理由は?」

「そんなの君に言えるわけないだろ!! いいから早く!!」

 般若のごとき迫力に、リンは降参した。質問は後回しにして、生垣を透視する。迷路の中心部を見たリンは、目にした光景に目を見開いた。

「……スイ」

「なに?!」

「セドリック……いま、ハリーと一緒に消えた」

 スイが息を呑む。その音を耳にした瞬間だった。呆然としていたリンは、誰かに腕を掴まれた。ハッと振り返るより先に、何かが手に触れる。間髪入れず、へその裏側がグイと引っ張られるような感覚と、スイが膝の上から落ちる気配。

 何かを思う間もなく、リンは風の唸りと色の渦の中へと呑み込まれた。

4-58. 「第三の課題」
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