六月に入ると、ホグワーツ城に興奮と緊張がみなぎった。期末試験が終わる日の夕暮れに行われる第三の課題を、みんな心待ちにしていた。

「ねえ、どんな課題が行われると思う?」

 ウキウキと聞いてくるハンナに、リンは呆れた。試験勉強をしている最中だというのに、まったく集中力がない。ハンナ、ベティ、アーニーは、先ほどから数分置きに対抗試合の話題を持ち出していた。

「何をするかは分からないけど、すごく楽しみだ」

「だれが優勝するかしらねー」

 羽根ペンを放り投げて拳を握るアーニーに続けて、ベティが発言した。開いてすらいない教科書に肘をつき、掌に顎を乗せて、ニヤニヤと笑う。

「とりあえず、ボーバトンの魔性の女が優勝する確率は低いみたいでうれしいわ」

「いまのところ、点数は最下位ですものね」

 教科書とレポートを見直していたスーザンが、不意に顔を上げて会話に参入した。いつもはまじめな彼女が珍しい。リンは目を丸くした。それほどまでに、フラーを意識しているのだろうか。

「でも、第三の課題の結果によっては分からないぞ。もしかしたら彼女も、」

「水魔にやられるような女が、課題をこなせるもんですか!」

 冷静に意見を述べたアーニーに、ベティが眉を吊り上げて突っかかった。フンッと鼻を鳴らす彼女に、ジャスティンが「うるさいよ」と冷ややかな目を向けるが、アーニーの反論の声にかき消される。

「水魔とは、たまたま相性が悪かっただけかもしれないよ。ドラゴンは上手く出し抜いたし……そもそも、代表選手として選ばれるくらいだから、相応の実力が、」

「ひどいわ、アーニー。あのひとを応援してるの?」

 ハンナが眉を下げた。アーニーが「いや、そうじゃないけど」と慌てるなか、スーザンが呆れたような溜め息をつき、ベティがギラリと彼を睨む。

「あの女のこと、よっぽど気に入ってるのね。見かける度に目で追うほどに!」

「ちがうよ! ただ、その……彼女は目立つから、つい……」

「アーニーが外見で女性を判断する人だったなんて知らなかったわ」

「私、アーニーはそんな人じゃないって信じてたのに……」

 モゴモゴするアーニーに対して、スーザンは視線を外しながら溜め息混じりに素っ気なく呟き、ハンナは大きな目に涙を浮かべて彼を見つめた。アーニーが言葉に詰まり、冷や汗をかく。

 おもしろい状況になっている。教科書から視線を上げないまま、リンは思った。ここまで集中砲火を食らうとは、アーニーは不憫な人である。完全に他人事で助ける気がないリンの腕を、スイが咎めるようにピシッと叩いた。

 その風圧で、リンの教科書の上で丸まって微睡んでいたミニチュア・ショート‐スナウトが目を覚まして顔を上げた。スイと喧嘩するかと危惧したリンの見つめる先で、しかしミニチュアはふいと顔をそむけて突っ伏しただけだった。……最近、スイとミニチュアが喧嘩しない。二体そろって静かにリンのそばにいてくれる。仲良くなったんだろうか、それとも試験前なので気を遣ってくれているのか……。アーニーの涙声をBGMにそんなどうでもいいことを考えるリンである。

「フラー・デラクールがいやなら、ハンナたちはだれを応援してるんだ?」

 ついにアーニーの状況を見かねたのか、ジャスティンが声をかけた。女子三人が振り返る。アーニーがホッと胸を撫で下ろすのが見えた。

「もちろんセドリックよ!」

「アタシはクラムでもいいけど」

「セドリックとハリーね。やっぱりホグワーツに勝ってほしいし」

 程度に差はあれど、とりあえず三人とも、ハッフルパフ生としてセドリックを応援するつもりらしい。アーニーが小さく「もちろん僕だってセドリックを応援するさ」と言ったが、スーザンのセリフによってかき消えた。

「ジャスティンはだれを応援するの?」

「べつにだれでもいいよ。どうせリンは出ないし」

 不満顔をするジャスティンを見上げ、スイは尻尾を振った。リンが複雑そうな表情を浮かべる。そのとき、大きな声が談話室を横切って飛んできた。

「おーい、リン! いとこたちが呼んでるぞー!」

 寮の出入り口のところで、エドガー・ウォルターズがブンブンと手を振っていた。隣のセドリックたちが困った顔で彼を見ている。リンは瞬きをして、友人たちに断りを入れ、スイとミニチュアを連れてエドガーのほうへと向かった。

「仲介ありがとうございます、エドガー」

「おう。チビたちが外で待ってるぜ」

 ということは、ケイとヒロトか。何の用事だろうかと疑問に思いながら、リンは外に出て、二つの笑顔に迎えられた。

「リン姉さん! こんにちは!」

「突然お呼びしてごめんなさぁい」

「いや、べつにいいけど……どうかしたの?」

 用件を聞くと、二人は笑みを深めた。なんとなく嫌な感じの笑みだと、スイは身構える。対照的に無感動なリンとミニチュアの前で、ケイとヒロトが「パッパカパッパッパーン!」「じゃじゃーん」とかわいらしい効果音をつけ、どこからか瓶を取り出した。

 密封されたガラスの広口瓶だ。大きな太ったコガネムシが一匹、その中に入っている。リンとミニチュアが瞬き、スイが目を剥く前で、ヒロトがふんわり微笑んだ。

「リータ・スキーターさんですー」

「……『動物もどき』?」

 電光石火で思考を巡らせたリンが首を傾げた。「理解するの早っ!」とスイがツッコミを入れ、ケイとヒロトが「さすがリン姉さん!」「頭の回転がはやぁい」とはしゃぐ。ミニチュアはひらりと飛翔して瓶の周りを旋回し、興味深そうにコガネムシを眺めた。それからまたリンの肩の上へと帰ってくる。

「どうやって突き止めたの?」

 従弟たちの手から瓶を取って昆虫を眺め、リンが尋ねた。すると、かわるがわるにセリフを担当する二人から説明される。まとめるとこうだ。

 ハグリッドとハーマイオニーを標的に悪質な記事を書いたスキーターが許せず、ハルとアキに手紙を送り、協力を要請した。そして、彼らから「おそらく小さな生き物に変身して情報収集を行っている」と報告を受け、ケイの直感力とヒロトの念力を駆使して、構内を飛び回っていたコガネムシ姿のスキーターを捕獲した。まる。

 なにこの子たち怖い。スイは震撼した。かわいい顔して怖い。そんなスイの心情を知らず、リンは「十一歳にしてすごい行動力」と感嘆して従弟二人を見ていた。呑気なものである。

「たったいま捕まえたばっかりで、これからどうしようか悩んでるんです! ほら、すみかとかエサとか、いろいろ用意しないと!」

「とりあえず、逃げないように念力で身動きを封じてるんですけどぉ……昆虫ごとき簡単に抑えられるとはいえ、ずっとやってると僕が疲れちゃうかなぁって」

 生き生きとするケイに、ふうと溜め息をつくヒロト。スイは頬を引き攣らせた。一方のリンは「スキーターの人権が剥奪されてる」と思いつつも口に出さず、指先で瓶をつついた。

「適当に、小枝とか木の葉とか入れておけばいいんじゃない? あと、ガラスに『割れない呪文』をかけておけば、脱出できないはずだよ」

「あっ、そっかぁ、ガラスを割れなくすればいいんだぁ」

 目を輝かせて、ヒロトは微笑んだ。機嫌よく「リン姉様、ありがとうございまぁす」と礼を言うヒロトに、ケイが「よかったな!」と笑いかける。見た目は微笑ましいが、実態は恐ろしい……スイは身震いした。

「じゃあ、リン姉さん! 失礼します! これからハーマイオニー先輩のところに行って報告するんで!」

「それからスキーターさんに、ひとを傷つけるようなことを書いちゃだめですよぉって、お説教とお願いをするんですー。すごーく楽しみ」

 足取り軽く去っていく二人を見送り、リンは「……コガネムシのエサについて、ハグリッドに聞いてきてやるべきかな」と首を傾げる。ミニチュアがふるっと首を横に振る。スイは疲れて何も言えず、ただダラリと尻尾を垂らした。

4-56. 虫捕り
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