五月の終わりごろ、リンはハリーたちに呼び出された。そのため、リンは先に寝ると友人たちに言い置き、自分の姿を模した式紙をベッドに残して、スイとともに寮を抜け出した。

 待ち合わせ場所である「魔法史」の教室に行くと、ハリーたちが待機していた。邪魔除けの結界を張り、リンは彼らに促されるまま適当な椅子に腰を下ろす。それを確認してハリーが話し出した。

 ひとまず何も言わずに聞いてほしいという彼の要望に従って、みんな黙って話に耳を傾けた。早口で大量の情報が与えられる……スイやロンの頭がショートしないだろうかと心配しつつ、リンは要点を頭の中でまとめていく。

 今日の「占い学」の授業中、ハリーはヴォルデモートの夢を見た。夏休み中に見た夢に出てきた男性から、誰かが逃げようとしたのを捕らえたと報告を受け、その者はもう制御しきれないだろうと判断し、殺すようにと男性に命令した。

 暗い部屋に閉じ込められていた(顔は見えなかったらしい)誰かが「死の呪い」を受けたところで、ハリーは目を覚まし、授業を飛び出してダンブルドアに会いに行った。

 適当に菓子の名前を列挙して合言葉を当て、運よく校長室に入ったはいいが、タイミング悪くダンブルドアは留守だった。待っている間、ハリーは黒い戸棚の戸が開いているのを見つけ、近づいて開けた。

 中に置かれていたのは、浅い石の水盆で、明るい白っぽい銀色の物質で満たされていた。液体とも気体とも判断がつかない不思議な物質に興味を持ったハリーは、興味本位で、杖先で水盆の中身をつついた。

 すると、大きな部屋が見え、何かと覗き込んだハリーは、その水盆に吸い込まれた。あとでダンブルドアに聞いた話では、その盆は「憂いの篩」といい、憂い……すなわち記憶が保存されているらしい。

 ダンブルドアの記憶に入り込んだハリーは、そこでいくつかの記憶を見た。

 まず、カルカロフが死喰い人の名前を魔法省に提供したシーン。その場面の終盤で、カルカロフはスネイプが死喰い人だとはっきり述べた。しかし、ダンブルドアを保証人としてスネイプは無罪となっていると、クラウチは一蹴した。ダンブルドアも、スネイプはヴォルデモートの失脚より前に自分の過ちに気づいて戻り、密偵として働いていたと述べた。

 続いて、バグマンが死喰い人のルックウッドに情報を渡した咎で起訴されたシーン。ここで大きな出来事はなく、バグマンは有罪判決を受けずに法廷を去った。

 最後に、クラウチの息子と死喰い人たちの裁判。闇祓いに「磔の呪い」をかけた咎で起訴されていたが、クラウチの息子は「僕はやってない」と否認していた。しかし、クラウチは泣き叫ぶ息子に耳を傾けず、アズカバンに送った。

 そこで、ハリーは現実のダンブルドアに声をかけられ、彼の記憶から抜け出した。いくつか「憂いの篩」について説明を受けたあと、ハリーはダンブルドアに夢のことを話した。

 ダンブルドアは、ハリーとヴォルデモートがかけ損ねた呪いを通して繋がっていると考え、ハリーが見た夢は現実に起こった出来事の光景だと推測した。

 ハリーは最後に、ヴォルデモートが強くなっていると思うかと問うた。ダンブルドアは、最近は失踪者が多いことを指摘し、それはヴォルデモートが力を持っているときの特徴だと述べた。


「ダンブルドアも『例のあの人』が強くなりつつあるって考えてるのかい?」

 ハリーの話がすべて終わったとき、ロンが囁くように言った。その横で、女子二人は沈黙し、それぞれの思考に沈んでいる。スイは情報量に辟易し、こめかみを指先でほぐすように触れた。

「……ヴォルデモートは、誰を制御していたのかな」

 小さく、リンが呟いた。軽く握った手を口元に当てて机を見つめ、静かに考え込んでいる。ハリーが「分からない」と返すが、リンは反応せず独り言を続ける。

「どうして制御する必要があったんだろう……」

「そりゃ、邪魔者だからとか、勝手に動かれると困るとか、そんなとこじゃないか?」

 ロンが意見を出した。今度は反応したリンが「いや」と否定する。

「だったら殺すはずだよ。制御とか、そんな回りくどくて生ぬるいことはしない」

「じゃあ、つまり……?」

「簡単には殺せない都合があったんじゃないかな……いなくなれば注意を引きすぎるとか、あるいは……なにか、利用価値があるとか。たとえば、その者だけができる仕事があったとか……」

 眉を寄せて思考を巡らせるリンの前で、机に座ったスイが尻尾をピシッと振る。そのとき、黙りこくっていたハーマイオニーが「リータ・スキーター」と呟いた。

「なんでいまあの女が出てくるんだ? 関係ないだろ?」

 呆れたという口調でロンが言う。ハーマイオニーは首を横に振った。

「ちょっと思いついたの。あの女が『三本の箒』で私に言ったこと、憶えてる? 『ルード・バグマンについちゃ、あんたの髪の毛が縮み上がるようなことを掴んでるんだ』……あの女は、バグマンが死喰い人に情報を流してたことを意味してたんじゃないかしら……スキーターがバグマンの裁判の記事を書いたんでしょ?」

「それはもう記事にしてるから、スクープにはならないと思うな。それよりはむしろ、彼が小鬼とトラブルを起こしてることを嗅ぎつけてるのかも」

 さらりと言ったリンに、ハリーたちが「えっ?!」と吃驚した。スイも目を丸くして、リンを見上げる。ロンから「小鬼とトラブルって、いったい何事?!」と詰め寄られ、リンは瞬いた。

「たいした問題じゃないよ? 小鬼から大金を借りてて、その返済に追われてるだけ」

「いや、それ大問題だから」

 スイが尻尾でリンを叩くと同時に、ロンがツッコミを入れた。リンが「そう?」と首を傾げる。その横で、ハーマイオニーが「だから、ホグズミードでゴブリンたちを引き連れてたのね」と納得したように頷いていた。

 誰からの情報かとハリーから尋ねられ、リンは、叔父のアキだと答えた。バグマンはギャンブルのせいで借金地獄に陥っていると、アキはげんなりしていた。何度か裁判沙汰になりかけ、手を煩わされているらしい。

「……まあ、これでウィンキーが『バグマンさんは悪い魔法使い』って言ってた理由も説明がつくわね」

 不意にハーマイオニーが言った。スイが「話が飛んだな」という顔をする。

「クラウチさんは、そういった事情を知ってたかもしれないし、バグマンの裁判についても、家で話したはずでしょうし」

「それよりさ、スネイプが気にならないか?」

 急き込むように、ロンが身を乗り出した。ハリーが素早く視線を向け、ハーマイオニーが「スネイプ?」と眉をひそめる。ロンは頷いた。

「だってさ、スネイプは死喰い人だったんだろ? それなのにダンブルドアはあいつを信用してるなんて、何かあると思わないか?」

「ダンブルドア先生には、彼なりの考えがおありなのよ」

 ハーマイオニーが咎めるような目でロンを見たが、ロンは「いーや、スネイプは絶対なにか裏があるね」と言い張る。彼の腕を、スイが尻尾でバシッと叩いた。それを見て驚きつつ、リンは、ロンたちの口論が始まる前にと、言葉を割り込ませた。

「そろそろ寮に帰ろうか? 少しだけでも寝たほうがいいよ」

 すでに日が変わっていることを指摘すると、ハリーたちは慌てて立ち上がった。彼らに挨拶をして、リンは、欠伸をするスイを抱えて、自分のベッドへと瞬間移動した。

「……母さんはヴォルデモートの側にはつかないんだから、母さんの友人のスネイプ先生も敵じゃないよ、きっと」

 何気ない調子で呟いたリンに、スイはたっぷりの沈黙のあと「ノーコメントで」と返した。それを聞いているのかいないのか、リンは、例の鉢植え植物の茎と茎の隙間に(器用にも)挟まって動けなくなっていたミニチュア・ショート‐スナウトを救出していた。

4-55. 夢と現、そして記憶
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