週明けの月曜の朝、朝食の席で、ハーマイオニーは熱心に伝書フクロウを見上げていた。ハリーが理由を聞くと、視線を上に向けたまま「日刊予言者新聞」を購読予約したのだと返してくる。何もかもスリザリン生から聞かされるのはウンザリらしい。

 そのとき、灰色の森フクロウがハーマイオニーの前に降り立った。新聞ではなく封筒を脚にくくりつけている。身に覚えがない様子で目を瞬かせるハーマイオニーのところに、メンフクロウが四羽、茶フクロウが二羽、続いて舞い降りてきた。

「ハーマイオニー、いったい何事だい?」

 押し合いへし合いしているフクロウの群れに困惑して、ハリーが尋ねた。隣のロンも目を丸くしている。ハーマイオニーは「分からない」と呟いて、灰色のフクロウの手紙を手に取った。

「……まあ、なんてこと!」

 息を呑んで、ハーマイオニーは顔を赤くした。口の中を空にしたロンが「どうした?」と聞く。ハーマイオニーは手紙をハリーに押しつけてきた。見ると、新聞を切り抜いたような文字が貼りつけてある。

「『おまえは悪い女だ……ハリー・ポッターはもっといい子がふさわしい。マグルよ戻れ、もと居たところへ』」

「みんな同じような内容だわ!」

 ハリーが読み上げた声に被せて、ハーマイオニーが歯噛みした。次々と手紙を開封している。ついに最後の封筒に手を伸ばしたとき、彼女の横からにゅっと手が現れた。

「だめですよー、ハーマイオニー先輩。こんな危なげなもの開けちゃ」

 封筒をかっさらったヒロトがほわほわと笑った。その隣にいるケイが封筒に顔を近づけ、くんくんと匂いを嗅ぐ。

「なんとなく刺激臭がする! 石油っぽいやつ!」

「たぶん、なにか劇薬みたいなものですねー」

 その言葉を聞いて、ハーマイオニーが青ざめ、反射的に手を胸元へと引っ込めた。ハリーとロンも血相を変える。ロンの手からフォークが滑り落ちた。

「身に覚えがない手紙は開けないほうがいいですよ! 差出人が分からないやつはとくに!」

「悪意ある人は、呪いとか劇薬とか仕込んできたりしますからー」

 ニカッとした笑顔のケイと、ふんわりした笑顔のヒロトが、警告に近いアドバイスを寄越す。そのままちょんと封筒を指先でつつき、色と宛名を変え、それを配達してきたフクロウの脚にくくりつけ、飛ばした。

「……一応聞くけど、何したんだい?」

 代表してロンが質問した。食事を再開しようとしていたケイとヒロトは、手を止めて目を瞬かせ、そろって首を傾げた。

「なにって、お手紙を送り返したんですよー?」

「誰に?」

「だれって、差出人に決まってるじゃないですか!」

「差出人が誰か分かったの?」

 目を丸くするハーマイオニーに、二人は一瞬きょとんとして、それから「ああ!」「こちらの魔法族はできないんでしたっけー」と笑う。ケイが「なんて説明すればいいんだっけ」とヒロトに聞くと、ヒロトが「えっとねー」とこちらを向いた。

「ヨシノ独自の魔法を使うと、たとえ匿名でも誰の仕業かわかるんですー」

「……へえ、そうなんだ」

 なにそれ怖い。と思いつつ、ハリーはそれだけ相槌を打った。その隣から、ロンが身を乗り出して、べつの疑問を口にする。

「それで、送り返してどうするんだ?」

「え? べつにどうするつもりもありませんけど? もらってもうれしくないし処分に困るだけだし、まあ本人に返すのが無難かなって!」

「ご本人が愚かにも開封して被害に遭ったらすごーくラッキー、みたいな?」

「ま、たぶんそうなるけどな! 手紙で嫌がらせするようなやつはバカばっかりだし!」

「ぜったい開けるよねぇ。リータ・スキーターさんの記事を真に受けて、意味不明で無意味な使命感に燃えて攻撃してくるような人だもん。救いようがないほど頭が空っぽなんだよ。おかわいそうに」

 ケイは楽しそうにカラカラ笑い、ヒロトはしみじみと溜め息をつく。そんな後輩たちを前に、ハリーたちは沈黙した。頬が引き攣っているのが分かる。この二人(とくにヒロト)、かわいい顔して、えげつない。

「それにしても、原因は何なんですか?」

 トーストを食べ終えたケイが、ふと聞いてきた。ソーセージを頬張ったロンが「『週刊魔女』の記事のせいだよ」と答える。ヒロトが「ロンせんぱぁい、お行儀わるいですよ」と眉をひそめた。ロンが「ン」と目だけで謝罪する前で、ケイが首を振る。

「記事のことなら知ってますよ! そうじゃなくて、ハーマイオニー先輩がスキーターに変な記事を書かれた原因はなにかって、僕は聞いたんです!」

「そりゃ、ハーマイオニーがスキーターを刺激したからさ」

 今度は口を空にして、ロンが言った。

「ちょっと前にスキーターがハグリッドについて記事を書いただろ? それについてハーマイオニーが文句を言って罵ったんだ」

「そんなにひどいことは言ってないわ! 『最低な女ね』って睨んだくらいよ」

「えぇえ! それだけ? もったいない! もっと言っちゃえばよかったのに!」

 口惜しいと言わんばかりに、ケイが顔を歪めた。その横で、ヒロトはのんびりとアップルジュースで喉を潤していた。コップを空にして、ふうと息をつく。

「指摘されたくない事実を突きつけられたからって、ムキになってスキャンダル記事を書くなんて……あんまりにも幼稚な方ですねぇ……題材もありきたりでつまらないし」

 十一歳の男子の口から、まさか「幼稚」という言葉が出てくるとは。ハリーとハーマイオニーは吃驚した。ロンはポカンとしている。ケイはバターロールにかぶりつき、とくに反応を示さなかった。

 ヒロトは、軽く握った手を顎下に当てて「うーん」と考える素振りを見せた。大きな目が上空に向けられ、視線が揺らめく。

「どうしようかなぁ……父様に言って、適当な理由で逮捕してもらおうかなぁ……でもあんまり大事〔おおごと〕にすると面倒そうだし……無難に弱みを探ってみてもらうとか?」

 ……いま、なんだか物騒なセリフが聞こえた気がする。ハリーはロンを見た。ぎょっとした顔でヒロトを見ている。ハーマイオニーへと視線を移すと、ロンと似たような表情でヒロトを凝視していた。二人の反応を見るに、ハリーの気のせいではないようだ。

 その間に、ヒロトは思考を自己完結させたらしい。「まぁいいや。とりあえず父様にお手紙を書いてみようっと」と一人で頷いたあと、ケイを振り返る。

「ケイ、ご飯食べ終わったぁ?」

「ん、終わったぞ! 授業に行こう!」

「うん。それじゃあ先輩方、よい一日をお過ごしくださぁい」

 くるりと振り返ったヒロトに笑顔で挨拶され、三人ともギクッとしたが、なんとか平静を装って挨拶を返した。ぱたぱた駆けていく二人の背中を見送り、ハリーは、朝から疲れたなと思った。

4-54. 女の憎悪と男児の笑顔
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