| 「……とりあえず、話を戻そう」
沈黙を破るように、リーマスが再び大きく溜め息をつき、隣のシリウスを肘で小突いた。なにやら「まあ、少なくともリンがそう思ってるなら……」などと呟いていたシリウスは、思考を切って顔を上げた。
「ん? ……ああ、そうだな。どこまで話したかな?」
「クラウチの息子さんがアズカバンで死んだってところまでよ」
即座にハーマイオニーが答えた。あとから合流したリンが、自分が知らない情報に瞬く。リーマスが苦笑し、簡単に整理して教えてくれた。
ヴォルデモートが失墜した直後に、クラウチの息子が死喰い人の一味と共に捕まり、本当に死喰い人と関係があったのか定かにならぬまま、父親の手でアズカバンへと送られ、それから一年後に死んだらしい。
「そう……息子が死に、さらに奥方も亡くなって、クラウチはすべてを失った」
「人気も大きく落ち込んだよ。ジュニアが死ぬと、世間は彼に同情し始めたからね」
話の続きを語り始めたシリウスのセリフのあとを、リーマスが引き取った。
「れっきとした由緒ある家柄の若者が大きく道を誤った理由は何かと、みんな疑問に思った。そして、父親が息子をかまってやらなかったからだという結論になったんだ」
「そこで、コーネリウス・ファッジが魔法省大臣の地位に就き、クラウチは『国際魔法協力部』などという傍流に押しやられたというわけだ」
シリウスが締めくくり、沈黙が流れた。リンはいつもの癖でスイを撫でながら、ぼんやりと考えを巡らし、盗み聞き防止の結界を張ってから口を開いた。
「たしか、カルカロフは、ほかの死喰い人の名前を提供して釈放されたんだよね」
「ああ。だが、その名前の中にクラウチ・ジュニアの名前はなかった」
「だけど、カルカロフがすべての死喰い人の名前を把握していたわけではないはずだから、ジュニアが死喰い人であったとしてもおかしくはない、か」
リーマスが相槌を打ったが、その返答を予測していたリンは頷いて、さらに思考する。その間に、ロンが「なんでカルカロフが仲間を把握してないって決めつけるんだ?」と聞いたが、ハーマイオニーに「バカね」と一蹴された。
「メンバー全員がお互いを把握してたら、だれか一人が裏切ったとき全員が捕まってしまうでしょ」
「その通り。実際カルカロフは、自分が知りうる限りの仲間をほとんど売った」
「カルカロフはスネイプの名前を言ったりした?」
せせら笑うシリウスに、リンが視線を向けて尋ねた。ハリーが素早く反応し、テーブルに身を乗り出す。リーマスが首を横に振った。
「私たちは実際その場にいたわけではないから、それは分からない。だが、スネイプが死喰い人だと非難されたことは、私の知る限りは、ない」
「しかし、ほかの死喰い人の中にも、一度も捕まっていないやつらが数多くいる。それに、スネイプは難を逃れるだけの狡猾さを備えている」
「スネイプはカルカロフをよく知ってるよ。隠したがってるけど」
反論したシリウスを援護するような調子で、ロンが言った。その隣のハリーが「うん」と力強く頷く。
「昨日、カルカロフが『魔法薬』のクラスに来たんだ。スネイプと話がしたいって。なにかを心配してる感じで、スネイプに迫って、自分の腕の何かを見せてた。何かは見えなかったけど」
「クリスマス・パーティーのときも、そんな調子だったよ。カルカロフはこう言ってた……『私は本当に心配しているのだ。君も分かっているだろう、この印とあのとき現れた印が何を意味しているか』」
リンは記憶を手繰り寄せ、カルカロフの言葉をそのまま引用した。ロンが「僕たちも、そんな感じの内容を聞いたよ!」と興奮する。シリウスとリーマスが顔を見合わせた。
「腕や印に、何か心当たりがあるかい、シリウス」
「さあ、私には何のことか……だが、もしカルカロフが真剣に心配していて、スネイプに答えを求めたとすれば……」
「あの二人は仲間だってことだ。ちがう?」
リーマス、シリウスに続けて、ロンが言った。これで決まりという顔をしている。ハーマイオニーが眉根を寄せてロンを見た。
「でも、ダンブルドア先生はスネイプを信用なさっているわ」
「いい加減にしろよ、ハーマイオニー、」
「いや、ロン。ハーマイオニーはたしかに正しい」
イライラとしたロンの言葉を、リーマスが遮った。
「事実、ダンブルドアはスネイプを信用している。ほとんど誰でも信用する方だが、それでも、ヴォルデモートのために働いたことがある者に、ホグワーツで教えることを許しはしないだろう」
「それなら、ムーディやクラウチは、なんでスネイプの研究室を調べたがるんだ?」
ロンが突っかかった。いつかハリーが目撃した、ムーディとスネイプの会話や「忍びの地図」に表れたクラウチ氏の名前に言及し、スネイプは怪しいと主張する。それについては、誰も何も考えが出てこないようで、沈黙した。
「……私個人としては、スネイプはヴォルデモート側の人じゃないと思う」
のんびりとした調子で、リンが言った。体温の低い手に撫でられて、スイが顔を上げ、丸い目でリンを見上げる。リンは虚空を眺めていた。
「だって、彼は母さんの友人だもの」
「君のお母さんって、」
呆れ顔のロンが何か言いかけたが、その言葉は途切れた。スイが尻尾で彼の手を鞭打ったためか、ハーマイオニーが威圧的な目で睨んだからか、ハリーに足を踏まれて痛かったのか、リーマスの冷ややかな微笑みが怖かったのか……特定の原因は分からない。ちなみに、シリウスは複雑そうな表情でリンを見つめていた。
ゆるりとスイを優しく撫でつつ、リンは、どこかに思考を飛ばしているようだった。その証拠に、ロンの言葉や周りの様子に意識が向いていない。スイは溜め息をついた。
「もう三時半だ……そろそろ学校に戻ったほうがいい」
時計を見たリーマスが言った。リンが瞬きをし、視線を巡らす。ようやく思考の旅から帰ってきたらしかった。
「試合が終わるまで、決して無茶な行動をしないように」
その言葉をもらい、帰り際にシリウスとリーマスから順にハグを受けたあと、リンは、赤く染まった頬を風に当てて冷やしながら、ハリーたちと一緒にホグワーツへと向かったのであった。
4-53. ホグズミード村にて
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